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m2tw十字軍キャンペーン関連はこちらに。

とりあえず分類が分からなければ「用語辞典(総合)」に記載。


目次


十字軍キャンペーン概要

グランドキャンペーン下記エリアにスポットを当てた内容。

第三回十字軍を描く。

Crusade map wide.png

各国勢力の登場人物

エルサレム王国(英国勢)…ボードゥアン王、ギー王子、ジェラール、バリアン、そして後の獅子心王となるリチャード。

アンティオキア公国(フランス勢)…ボエモン公爵、後の尊厳王フィリップ。

エジプト(アイユーブ朝→マムルーク朝)…サラディン、バイバルス。

トルコ(セルジューク朝→オスマン帝国)…ヌレディン、オスマン。

ビザンティン帝国…マヌエル帝(マヌエル一世コムネノス)。

他に、使用不可だがモンゴル・ヴェネチアがキャンペーン途中で参戦する。

1174年からスタート、1ターンで2年経過なのはグランドキャンペーンと変わらず。

人物の加齢も2ターン(4年)で1歳。モンゴル来襲やペスト、火薬発見などのイベントもGC同様起こる。

こまごまとした仕様としてはキャンペーン固有の兵士ユニットの追加の他に

  • 特定の兵種雇用に拠点が必要(エルサレム騎士:エルサレムの保有。など)

    エルサレム王国-エルサレムエルサレム騎士/下馬エルサレム騎士

    アンティオキア公国-クラク デ シュヴァリエ-ヨハネ騎士団従士/ホスピタルクロスボウ射手/ホスピタル射撃手

    エジプト-カイロ-ハセキ/シブヤーン・アッカース

    トルコ-バグダッド-ハッシャム/下馬ハッシャム

    ビザンティン-コンスタンティノープル-アーコントポウライ/ギリシャ式火炎放射器隊

    途中登場のベネチア・モンゴルは関係ないシステム。
  • 聖ヨハネ修道院およびテンプル修道院の仕様変化(貿易に+等)

等がある。

傭兵に関しては傭兵(十字軍)を参照してください。

十字軍キャンペーンMAP

大きい版はこちら

特産物・港の位置記載MAPはこちら

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は大きな町以下の拠点、は小都市以上の拠点、は城系拠点、

拠点名に下線が付いている場合、白:エルサレム王国、水色:アンティオキア公国、黄色:エジプト、緑:トルコ、紫:ビザンティン

下線が付いていない拠点は反乱都市。

白い点は港、緑の点は渡河地点。

特産物の価値としては

(高)金、銀、ガラス器、絹、パピルス、砂糖、香辛料

(中)大理石、絨毯、武器、綿、鉄、硫黄、スズ

(低)ワイン、織物、石炭、材木、魚、果物、穀物

と言った所。

グランドキャンペーンと特産物の分布がかなり違う。

  • コンスタンティノープル付近に絹が無い
  • ナイルデルタには価値の高いパピルスが大量追加
  • エレバン・トビリシは金銀の宝庫
  • 小アジアは特産物が超貧弱
  • 聖地付近には価値の高いガラス器と、いくらかの金銀
  • アラビア半島の砂漠には金銀が
  • 侵入不可能地形に埋まってしまい商人が配置できない金山がいくつか(トビリシ等)

他キャンペーンでも言える事だが、ユニットや艦隊の移動能力がグランドキャンペーンに比べて増加している。

縮尺マップの差を反映しているからだろう。

しかし、索敵範囲はグランドキャンペーンと同じ。

遠くの拠点を目指すときは少しずつ移動して、敵・中立ユニットの周囲に入り動けなくなる事の無いように注意しよう。

各勢力

エルサレム王国

1099年〜1291年。

樹立はフランスのゴドフロワ・ド・ブイヨン、第一回十字軍遠征の貴族。

彼がアンティオキアから南下しエルサレムを占領した1099年をエルサレム王国の成立年度としている。

因みにゴドフロワはエルサレム「王」を名乗らず「聖墓守護者」を名乗ったが、次期党首の彼の弟ボードゥアンからは「王」を名乗った。

その後は周辺地域を従え着々とエルサレム王国の基礎を築いたが、1187年、サラディンによりエルサレムを奪われる。

第三回十字軍として参戦したリチャード獅子心王により奪回は試みられるが、奮戦虚しくある程度カトリック教会に対して有利な休戦協定を結ぶまでしか至らなかった。

(エルサレムの統治権はイスラムが行うが、非武装のカトリック教徒の巡礼は許可するなど)

こうしてエルサレム王国はエルサレムを失ったまま存続を続ける。

周辺地域に本拠地を移動しながらしかし、エルサレムの奪取と言う悲願を捨てきれない彼等は外交交渉などでエルサレムに執着し続ける。

第六回十字軍においては神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世が交渉で一時的にエルサレムをカトリック教国の手に取り戻すが、

その後はまたイスラム所有の土地となる。

最終的にはイスラム勢力に周辺の領土も奪われ、1291年に消滅する。

ゲーム開始時にはエルサレムはエルサレム王国のものとなっているが、ここがサラディンの手に渡るか、エルサレム王国が長期存続国家になれるかはプレイヤー次第である。

アンティオキア公国

1098〜1268年。

タラント公ボエモンが樹立。
アンティオキアを中心とするシリアの一帯であり、アンティオキアはこと貿易都市として大きな利益を生み出した。

十字軍がくる前はセルジューク朝トルコの領地であったが、ボエモンが半年に及ぶ包囲の末陥落せしめる。

十字軍が第一に獲得した主要拠点であり、ここから周辺地域への進出が行われた。

1119年、ムスリムとの戦いで君主が戦死した際には一時的にエルサレム王国がアンティオキア公国を保護国化している。

「摂政(せっしょう)」と呼ばれる政務代理が、君主が不在の場合や幼少の君の場合には置かれた。

また、エルサレムと違い王は置かず、領主を置く一地方領地としての扱いであった。

摂政の一人でもあった強盗騎士ルノー・ド・シャティヨンは、1153年からその職についていたが、その悪行ぶりは凄まじかった。

その名の通り略奪を繰り返し、形勢が不利になるとなりふり構わず自身の身を案じるタイプである。

(敵軍の将の前に乞食の姿で現れ、赦しを乞うたエピソードは有名)

彼はその後、虜囚の身となり16年の歳月を囚われた後放逐され、1187年ハッティンの戦いでサラディンに敗れ死亡する。

ハッティンの戦いにより、エルサレム王国はエルサレムを失うが、アンティオキア公国は存続した(領土は少なくなって行ったが)

その後は国家として目立った発展はなく、1268年バイバルスによりアンティオキアを陥落させられる。

こうしてアンティオキア公国は歴史から姿を消した。

エジプト(アイユーブ朝)

1171〜1250年。

サラディンが樹立、これより以前はファーティマ朝。

実際は1342年まで続いているが、1250年にはマムルーク朝の台頭により地方に追いやられている。

1171年に初代スルタンとして君臨したサラディンは、1193年彼が生涯の大半を過ごしたダマスカスで病により息を引き取るまで統治を行った。

彼は十字軍とよく戦い、1187年のハッティンの戦いではエルサレムを取り戻すという大きな戦果を上げた。

アイユーブ朝の最大版図は北はエデッサからパレスティナ・シリアのほぼ全土を掌握し、聖地を手中に収めることになった。

サラディンの死後、二人の君主の後サラディンの実子のアル・アディルが即位。

1202年から1218年まで統治を行う。

勢いを衰えさせない十字軍に良く対抗し、また融和的な政策を取ったこともあり、その間に貿易による利益獲得を推進することで戦争の疲弊を回復させた。

が、彼が没した後はアイユーブ朝は緩やかに衰退に向かう。

一時はエルサレムを奪われ取り戻すも、マムルーク勢が台頭してきたことにより1250年滅亡し、マムルーク朝が始まる。

エジプト(マムルーク朝)

1250年〜1571年。

シャジャル・アッ=ドゥッルもしくはアイバクが初代。

アイユーブ朝の後継をマムルーク軍団の一「バフリーヤ」がクーデターにより殺害し樹立。

アイユーブ朝の直系の女帝シャジャルが彼等により擁立されたが、女系という事もありマムルーク達の反発が強い為、バフリーヤ最有力者のアイバクが彼女と結婚し代理で統治を務めた。

バフリーヤはアイユーブ朝においても単独で第五回十字軍を撃退したこともあり、その勢いは盛んであった。

しかし、初期のマムルーク朝は暗殺したり追放されたりでスルタンが短期間で移り変わりあまり安定した状態ではなかった。

1260年、対立する内部勢力を抑え台頭したのがバイバルスである。

彼はその後、十字軍と戦いを続け1277年に没する。

彼はアンティオキアやヤッファ、アルスフ、カエサリア、アッカなどの都市を獲得した。

戦闘後の凱旋中に腹痛を訴えて急死した彼の死因は病とも毒殺とも語られるが真実は闇の中。

基本的に世襲を行なわず、実力者が指導者を務めるのがマムルーク朝の特徴であった。

その後、ペストの影響やオスマン帝国との戦いで徐々に疲弊して行き遂に1517年オスマン帝国に組み入れられる。

トルコ(セルジューク朝)

1038年〜1308年。

セルジュークの名を冠するテュルク系遊牧民により開かれた王朝。

詳細を述べると、黒海やカスピ海付近で遊牧生活をしていたセルジュークを長とする一団にに付き従う者たちが中央アジア南部へ移民し

イスラムに改宗(このようなイスラムに改宗した遊牧民は「トゥルクマーン」と呼ばれる)、

その後セルジュークの子孫が諸国で軍事力として活躍し、1038年トゥグリル・ベグがニーシャプール(カスピ海のちょっと南東辺り)を手に入れ始めてのセルジューク朝の領土を獲得した。

トゥルクマーンを統率した彼等は周囲の国々を従え、西方へ領土を拡大して行く。

その版図は12世紀初頭に最大となり、アナトリア半島やレバント北部一帯を支配下においていた。

この侵攻の際、エジプトファティマ朝からエルサレムを奪うがこれを切っ掛けにカトリック教国の中で「聖地を取り戻せ」と言う機運が高まり、

ビザンティン(東ローマ帝国)の対イスラム援軍要請もあって第一次十字軍が発足した。

1099年、ゴドフロワの手によりエルサレムが奪われるとその広い版図を御しきれずになるようになり数度の浮き沈みを繰り返した後、1157年大セルジューク朝は消滅。

残りの血統で治めていた小セルジューク朝も1308年に完全に血脈が途絶える。

トルコ(オスマン朝)

1299年〜1922年。

アナトリアの小君主オスマン一世が建国した小さな国が基礎。

その長命国家ぶりは世界に類を見ない。

最初期はニカイア付近に僅かの領土を持つのみであったが、年代が進むと共に領土を広げ、16世紀には世界で類を見ない版図にまで成長した。

北アフリカ沿岸・レバント・アナトリア・バルカン半島・黒海/紅海沿岸部ほぼ全てを掌握しまさに大帝国に相応しい様相であった。

1453年、バルカン半島を荒らし回っていた彼等は遂にコンスタンティノープルを陥落させる。

以降オスマン帝国はここを首都とし、トルコ語で「イスタンブール」と言う都市の名前が改められた。

1461年にはビザンティン(東ローマ帝国)を滅ぼし、1517年にはマムルーク朝エジプトを滅亡させ、聖地をその手に握る。

その後いろいろ有って、第一次世界大戦後に帝政を脱しトルコ共和国に生まれ変わる。

コンスタンティノープル、即ちコンスタンティノポリスが正式にイスタンブールと改められたのはトルコ共和国建国に伴ってである。

それまでは、オスマン語でコンスタンティノポリスを意味する「コンスタンティニエ」と基本的には呼ばれていたようである。

ビザンティン帝国(東ローマ帝国)

B.C.27年〜A.D.1453年

古代ローマ帝国から続く由緒ある国。

とは言え、栄華を誇った古代ローマの頃に比べると見る影もなく、この当時はかなり縮小してしまっている。

「ビザンツ帝国」「ビザンティン帝国」「中世ローマ」など多数の呼称があり紛らわしいが、とりあえず本項ではゲームに倣ってビザンティン帝国と呼ぶ。

(当時はビザンティンと言う呼称はなく、「東ローマ帝国」と言う名称が一般的であったそうだが)



また、この時代に該当する時期(11〜16世紀)にのみ絞って説明する。

1081年、名門貴族コムネノス家が皇帝に君臨する(コムネノス王朝)。

これ以前はマケドニア王朝と呼ばれる時代で、かなりの領土を復活していた。

アナトリア半島やバルカン半島、南イタリアに至るまで広大な版図を有し、

コンスタンティノープルが首都である巨大帝国の、古代ローマ以来の最盛期であった。

しかしコムネノス王朝に移り変わる直前、最後に無能な皇帝が続いたことが主要な原因でアナトリア大部分の失地を許す。

また南イタリアも同様に失地。

試練を受ける状態で始まったコムネノス朝は周辺の中立勢力と同盟を強化し(ヴェネチア・教皇庁)中央集権体制を強化することで衰退に歯止めを掛ける。

セルジューク朝トルコに奪われつつあるアナトリアの奪回のために、教皇に出した援軍要請が、後の第一回十字軍の呼び水となる。

自身の力でもバルカンやアナトリアの一部の領地を回復し、十字軍キャンペーンの時代(1170年)の状態で、マヌエル帝(マヌエル一世コムネノス)の時代が始まる。

彼は諸外国(神聖ローマが主)との外交駆け引き、多数の軍事遠征により国土を回復しようと試みたが何れも失敗に終わる。

1176年、トルコとの戦いに大敗し彼と東ローマ帝国の権威は地に落ちることになる。

その後は暗君の時代が続き、ついに1204年、第四回十字軍がコンスタンティノープルに襲いかかる。

何故十字軍がムスリムの地でもないコンスタンティノープルを攻撃したのか、それは

東ローマ帝国を追放された
皇子アレクシオスが自らの国を「売った」と言う表現が簡潔であろう。

種々の有利な条約を取り付ける代わり自らを東ローマ皇帝として認める事により彼はコンスタンティノープル攻撃を提案したのである。

一度目の攻略は穏健に終わったが、対価を支払わないアレクシオスが居座るコンスタンティノープルは再び十字軍の攻撃を受ける。

業を煮やした十字軍は破壊の限りを尽くし、コンスタンティノープルは壊滅的な打撃を受けた。

ここで、命脈を繋いできたビザンティン帝国は終焉しカトリック教国である「ラテン帝国」が生まれる。

しかし地方に亡命した元ビザンティンの王侯はニカイア帝国を樹立、1261年には武力によりコンスタンティノープルを回復する。

一度は盛り返したニカイア帝国であったが、その後、地方に散っていたビザンティン帝国の亡命勢力をまとめきれず、

また、イタリア諸国に経済で優位を取られたり、モンゴルやトルコに攻められたりで国土・経済が衰退。

1354年にはオスマン帝国の従属国家に成り下がり、1453年にはそのオスマントルコに首都コンスタンティノープルを包囲される。

2ヶ月近くの防戦の結果、陥落。

前回の陥落時のように地方に落ち延びた王侯も余すところなく討たれ、捕らえられ、地方からの再興は叶わなかった。

ヴェネチア共和国

697〜1797年。

世襲を基本的に廃した元首制国家であり、厳正な選挙の元に元首(ドージェ)が選出される。

当初はビザンティン帝国の一地方に甘んじていたが、侵入してくる異民族(フン族など)の防衛のために、都市毎に自ら防衛を行う必要があった。

それにより都市国家としての独立の機運が高まり、名目上も実質的にも独立した都市国家としての形態が作られて行った。

9世紀頃、それははっきりとした形になる。

正当に国家として認められた時期は曖昧だが、兎に角この時代ごろからすでに諸々の特権を獲得したヴェネチアは

東西の貿易により莫大な利益を獲得していた。

豊富な財力を元に、多くの軍艦を建造し、兵士を雇い、無敵とは行かないまでもその手数で貿易を邪魔する海賊を撃破、各沿岸都市を侵略し着々と版図を広げた。

また、東西の貿易を行うにあたり両替も業務として行うようになり、貸し金庫や銀行制度でも暴利を貪った。

そして第四回十字軍、ヴェネチアの提案により十字軍はコンスタンティノープルを略奪し、ヴェネチアも多いにそのお零れに預かった。

しかしこれが結果的にはオスマン帝国の侵略の防波堤を失う事となり、ビザンティンに比べて分散・小国化したアナトリアやバルカン半島は次々にオスマン帝国に支配を許した。

仮にビザンティン帝国が小アジアの雄として復活していたなら、オスマン帝国のここまでの肥大化は起こらなかったかもしれない。

その後は主要であった貿易特権や要衝である領地をオスマン帝国に奪われいくつか失うが、アドリア海の制海権などは保持し続ける。

ミラノ公国などとの戦いを経て、首都ヴェニスは多いに発展し、30万の人口とも言われるまで成長した。

しかし16世紀初頭を境にその勢いは止まり、さらに世界貿易の中心が地中海から大西洋に移った事で貿易特権も徐々に失われて行く。

エデッサ伯国

1098成立-1159滅亡。

エデッサを中心とする伯爵領がそのまま国として独立した形の国で、唯一内陸国。

更に一番十字軍国家の中で滅亡が早かった。

国土は(いずれの十字軍国家でも言える事だが)時代により変遷したが、4国の中でも最も広い、エデッサを中心とした

ティグリス・ユーフラテス川の中〜上流域を支配した。

第一次十字軍は聖地において三手に別れた。アンティオキア・エルサレム・キリキアを目指したのである。

キリキアに向かったボードゥアン一世(後の初代エルサレム王)はキリキアを通過し、エデッサに至りそこでエデッサ伯国を建国する。

ボードゥアンがその後エルサレム王国を建設し、初代の王となると彼の従兄弟がエデッサ伯国を治めた。

アンティオキア公国やトリポリ伯国とは余り仲が良く無く、援軍要請にも互いに軍を出したりはしなかった。

1144年、全軍出撃していた隙をザンギー朝に襲われ陥落、一度は取り返すがザンギーの息子ヌレディンに取り戻される。

最早エデッサの回復は無いと見た当主達はエデッサ伯国領を方々に切り売りする。

こうして、1159年エデッサ伯国は消滅した。

トリポリ伯国

1102年成立-1289滅亡。

十字軍国家の北から三番目の地理に位置する。

海岸沿いで、北はアンティオキア公国・南はエルサレム王国と非常に防衛に有利な地形。

伯国成立の際、ジェノヴァなどの国の力を借りて征服した事から、地中海諸国との繋がりも強く、その後の交易でも良好な関係を築いた。

史実ではアンティオキア公国との結びつきが強い。

登場人物

リチャード(獅子心王)

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Richard Unit.png

Richard icon.png

10ターン目、1192年に12部隊を引き連れてアクレ北に登場。

登場時33歳、既に指揮★4・騎士道★8・忠誠★10・信心★8・経験9の高スペックを持つ。

(特徴)

・野心ある指揮官(指揮+2)

・騎士道の要(騎士道+3)

・高潔に統治する男(騎士道+2)

・信心のある男(信心+1)

・忠誠心を持つ男(忠誠+2、騎士道+1)

・敬意を感じる者(忠誠+5)

・キリスト教会の英雄(騎士道+2、指揮+2、権威+3、全軍士気+2)

・高貴な十字軍兵士(騎士道+2、信心+2、イスラム教徒と戦う場合の指揮+2)

(従者)

無し

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特殊能力:獅子の心

敗走中の部隊の士気を一定時間(10秒ほど)戦闘状態に戻す。

効果時間中はどんなに劣勢でも敗走しなくなるが、切れたとたんに敗走は始まるので注意。

また、リチャードがどんなに遠くに離れていても効果は全軍に及ぶ。

一度使用すると同じ戦闘中は2度と使えない(兵の再召集コマンドに代わる)。

他の英雄の特殊能力に比べてイマイチ…SE(獅子の咆哮)はカッコ良いのだが。

ちなみにエルサレム王国の初代の勢力指導者はボードゥアン王(16歳)、後継者はギー王子(24歳)。

ギー王子は並みの能力値の騎士道タイプの指揮官だが、ボードゥアン王は弱冠16歳にして騎士道6・権威指揮ほぼMAXというチート性能

フィリップ(英雄)

Philips.png
Philips Unit.png

Philips icon.png

10ターン目、1192年に12部隊を引き連れてクラク デ シュヴァリエ付近に登場。

登場時25歳、既に指揮★4・騎士道★9・忠誠★10・信心★8・経験9の高スペックを持つ。

(特徴)

・野心ある指揮官(指揮+2)

・名誉ある男(騎士道+4、権威+1)

・高潔に統治する男(騎士道+2)

・信心のある男(信心+1)

・忠誠心を持つ男(忠誠+2、騎士道+1)

・敬意を感じる者(忠誠+5)

・キリスト教会の英雄(騎士道+2、指揮+2、権威+3、全軍士気+2)

・高貴な十字軍兵士(騎士道+2、信心+2、イスラム教徒と戦う場合の指揮+2)

(従者)

無し

Mirror of Chivalry.png

特殊能力:騎士道の模範

全軍の攻撃力とスタミナを一定時間上昇させる。離れててもOK。

ラッパの音と共に開始し、30秒続く。効果時間中は自軍の旗が黄金色に点滅する。

諸英雄の中では最も使える能力ではないだろうか。

アンティオキア公国の初代の勢力指導者はボエモン公爵(34歳)、後継者は摂政レイナルド(19歳)。

ボエモン公はやや低いの能力値の騎士道タイプ、権威が2しかない…

摂政レイナルドはいきなり畏怖MAX、その他の能力値は低いが。「血に飢えた男」の特徴がある…

サラディン帝

Saladin.png
Saladin Unit.png

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1ターン目から登場し、36歳。指揮★9・騎士道★4・権威★9・信心★7・経験3の良いスペックを持つ。

マムルーク部隊と共に首都カイロに駐留する。

(特徴)

・勢力の指導者(指揮+1、権威+2、個人の安全+3)

・高潔に統治する男(騎士道+2)

・戦場では高潔な男(騎士道+2)

・知的(指揮+2、貿易収入+5%、税収+5%)

・殺し屋と動く男(畏怖+2、個人の安全+1、工作員割引20%)

・諜報活動に詳しい男(公共の安全+1、工作員割引20%)

・聖なる防御兵(騎士道+2、信心+2、カトリック教徒と戦う場合の指揮+2)

・イスラムの英雄(騎士道+2、指揮+2、権威+3、全軍士気+2)

・政治的に強い男(権威+2)

・完璧な政治家(権威+2、忠誠-2)

・偉大な指揮官(指揮+4)

・狡猾な奇襲指揮官(奇襲攻撃時の指揮+2)

・夜戦に長けた男(夜戦時の指揮+1)

(従者)

無し

エジプト王国の初代後継者はアル アディル皇太子(29歳)。

能力値としては指揮★2騎士道★1忠誠★5信心★5と微妙…

Justice of faith.png

特殊能力:信仰の正義

アラビアンなSEと共に発動、効果継続時間は30秒ほど。

全軍を敗走させなくする(「動揺」で踏みとどまる)、敗走中の部隊には効かない。

リチャード獅子心王の能力と似ているが、こちらは効果時間が長く、敗走兵を復活させられないと言う点で異なる。

やはり余り使えない。

ヌレディン帝

Nuledin.png
Nuledin Unit.png

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1ターン目から登場し、44歳。指揮★8・騎士道★1・権威★5・信心★9・経験3というスペックを持つ。

ハシシン部隊と共にモスルの城塞(東部方面)に駐留する。

(特徴)

・勢力の指導者(指揮+1、権威+2、個人の安全+3)

・偉大な指揮官(指揮+4)

・信心深い男(信心+2)

・頭のよい男(指揮+1、貿易収入+5%、税収+5%)
・イスラムの英雄(騎士道+2、指揮+2、権威+3、全軍士気+2)

・聖なる防御兵(騎士道+2、信心+2、カトリック教徒と戦う場合の指揮+2)

・殺しをいとわない男(畏怖+1、工作員割引20%)

・諜報家(工作員割引10%)

・夜戦に長けた男(夜戦時の指揮+1)

(従者)

薬剤師(子供を授かる機会の増加・将軍のHP+4)

トルコ王国の初代後継者はアッサリーフ皇太子(16歳)。

能力値としては指揮★3騎士道★1忠誠★5信心★6、若いので成長に期待しよう。

Torch of faith.png

特殊能力:信仰の光

こちらも同じく中東風のSE。

全軍の攻撃スピードとスタミナを一定時間上昇させる。

持続時間は30秒。時間中は自軍の軍旗が黄金色に点滅。

フィリップと同じような能力で使い勝手が良い。

ちなみに「信仰の光」とはヌレディン、彼の名でもある。

マヌエル帝

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Manuel Unit.png

Manuel icon.png

1ターン目から登場、帝国部隊と共に首都コンスタンティノープルに駐留。

登場時46歳、指揮★9・騎士道★0・権威★7・信心★3・経験3のスペック。

(特徴)

・勢力の指導者(指揮+1、権威+2、個人安全+3)

・野心ある指揮官(指揮+2)

・指揮の才能のある男(指揮+)

・頼もしい防衛指揮官(防衛時の指揮+)

・知的(指揮+2、貿易収入+5%、税収+5%)

・支配者中の支配者(権威+4)

・一流の行政官(法令+3、貿易収入+10%)

・公約する男(効果なし)

・夜戦に長けた男(夜戦時の指揮+1)

(従者)

タティキオス(指揮+2)

「帝国の指揮官の中でも一線級の海戦・陸戦能力を誇り、雄弁家でもある、高い行動力の持ち主です。」

ビザンティン帝国の初代後継者はステファノス王子(30歳)。

30歳の癖に指揮2騎士道0忠誠5信心4とかなり貧弱。

Vysantins Politics.png

特殊能力:ビザンティンの政策

複数部隊の動きを一定時間制御不能にする、マヌエルが近いと罹る確率が高い。

将軍部隊には効果なし。

影響を受けている部隊の軍旗は紫色に点滅し、状態が「内紛中」になる。

効果時間は30秒ほどだが、直接交戦が開始されると解除される。

チャリーンと言うSEだが、別に国庫は減らない。

オスマン

オスマン帝国が始まる頃になると地方の一将軍として、ユニークユニットとして登場。

オスマン帝国の創設者だが、ヌレディンの「信仰の光」の能力は使えない。

若い頃に世界を征服する夢を見、支配者としての啓示を受けたと周りに評される。

その知勇、カリスマ性で人々を従えた。

バイバルス

マムルーク朝が始まる頃になると、ユニークユニットの一般将軍として現れる。

サラディンと同じくエジプトのマムルーク朝に於いての英雄だが、残念ながら「信仰の正義」能力は無い。

サラディンと比べると脳筋タイプとして伝えられる彼は、戦では強かったが政治的にはあまり強くなかった。

ただ、野性的なカンは鋭いようで幾多の危機を回避している。

その最後は毒殺と言われているが…

容姿としては金髪色白長身の偉丈夫で、片目が見えない(白内障)であったと言われる。

赤髭王

神聖ローマの皇帝、フリードリヒ一世。

その容姿から赤髭王(バルバロッサ)と呼ばれる。

第三回十字軍の総司令官であり、失政もあったものの神聖ローマの君主の中では有能で今なお英雄とされる。

遠征途上のイコニウムでアイユーブ朝エジプト軍に大勝した後、キリキアのサレフ河で沐浴している最中謎の死を遂げる。

テンプル騎士団

正式名称は「キリストとソロモン神殿の貧しき戦友たち」、聖殿騎士団や神殿騎士団と呼ばれる。

彼らの名前の「テンプル」とは正に聖殿を指し、エルサレムにある「ソロモン王のエルサレム神殿」を最初の本部にした事による。

ここは昔はモスクであったが、エルサレムの十字軍陥落に伴って改装された。

その成立は1128年、それ以前にも聖地巡礼の信者達を保護する運動はあったが、ここで教皇の騎士団設立の認可を得る。

その後は種々の特権(免税、軍隊通行の自由など)を獲得して行く。

彼らの十字軍においての働き(サラディン撃退の助力や、イベリア半島でのレコンキスタ)により土地や城なども獲得して行く。

騎士団と言ってもすべてが戦闘行為を行う騎士で構成されていた訳で無く、騎士の世話をする従士や、事務関連の職を専門とする者(修道士)の方が多数であった。

彼らは聖地巡礼の際に財産を預かる銀行業務のような物も行い始め、それが後のテンプル騎士団の肥大につながる。

その後、十字軍国家においてムスリムが優勢になると、1307年、突如本国のフランス(フィリップ4世)から裏切りを受け、異端審問に掛けられ全財産を没収される。

が、ドイツやスペインにいたテンプル騎士団は取り敢えず難をのがれた。しかしフランスで異端認定を受けた彼らは細々と生き延びるしかなかった。

彼らの名誉が回復するのは19世紀の事で有る。

ホスピタル騎士団

聖ヨハネ騎士団とも、後にロードス騎士団・マルタ騎士団と名前を変える。

エルサレムの洗礼者ヨハネ修道院を最初の本拠地にした事が名前の由来。

大体成り立ちはテンプル騎士団と同じ。

1113年に教皇に騎士団として認められる、テンプル騎士団よりちょっとだけ早い。

14世紀初頭、ムスリムの優勢に圧され聖地を脱出しロードスに移り、ロードス騎士団と名前を改める。

この時、異端審問に掛けられ没収されたテンプル騎士団の財産の一部を獲得したとか…

テンプル騎士団は壊滅し、この頃は孤独にムスリムと戦っていた彼ら。結構海賊行為なども働いていて評判はよろしくなかった。

ただ、唯一の修道院騎士団となったことで後援者のパワーは集中し、贅沢な暮らし向きだったようである。

しかしオスマン帝国に圧され、16世紀には遂に地中海のマルタ島まで後退する事となる。

プロテスタントが勢力をつけ始める17世紀には、後ろ盾となるカトリック教会の力も弱くなり、その威信も地に落ちて行った。

現在その本部はイタリア・ローマに籍を置く、土地を持たない国として存在している。

(バチカン市国の様なものであるがちょっと違う)

拠点

クラク デ シュヴァリエ

Krak des Chevaliers、騎士の砦を意味する地名。

十字軍時代はホスピタル騎士の本拠であった。

1031年に、地元のアレッポの領主が建てた城が原型。その後十字軍の手に渡り

ホスピタル騎士団が大改修を1144年に行い大城塞となった。

当時の建築技術の粋を凝らしたつくりで、中はゴシック様式の素晴らしい作りであった…

が、バイバルスが調略によりこの城を攻めおとし、イスラム風に一部改装してしまったため失われてしまっている。

しかし、その壮麗さは現存する。礼拝堂はモスクになったりしてしまっているが城の規模自体は変わってはいない。

シリアに旅行に行く場合は観光にも良いスポットだろう。

カイロ

エジプトの首都、アル・カーヒラや古くはミスル(マスル:軍営の意)とも。

懐炉とは全く関係ない。

カイロと言えばギザのピラミッドと大スフィンクス。カイロ都市中心から30kmほど離れたギザにあり、場所によってはカイロからでも見える。

もちろんこれは紀元前の建築で、中世のものでは無いが…

歴史的な話は既に他の辞典に載っているので置いといて、十字軍キャンペーンにおいては高価値な特産物が選り取り見取り。

絹を始め、合計8個…独占にも一手間。

また、周辺にはアル・スエズやタンタ、ダミエッタなど三つのナイル川流域近隣都市が追加されている。
ここを陥とされると幾つかのユニークユニットが雇用できなくなる。

が、「VHで専守防衛・何ターン生き残れるかプレイ」とかでもしない限りそんな事態にはまず陥らないだろう。

バグダッド

ティグリス川そばに建つ、トルコの首都。

トルコはエジプトのカイロと同じく、ここを陥とされると雇用出来なくなるユニークユニットが幾つか。

香辛料・絹が二つずつ配置されており、商人配置スポットとしては優秀。

アナトリアは特産物が貧弱なので、トルコプレイ時には治安に問題がなければいっそ西に首都を移しても良いだろう。

シワ

シワ・オアシスとも呼ばれる、カッタラ窪地にある集落。

MAP南西端にあり、絶望的な僻地。対極のトビリシはあんなに金銀で溢れているというのに…

直近の拠点はアレクサンドリアだが、遠い上に砂漠地帯を歩くのでとんでも無く到達に時間がかかる。

船で途中までショートカットしてもやはりそれなりに時間が…

ここを手に入れても、後々広大な土地の管理に困る事になる。こんな広い場所に山賊が発生したら対処が大変。

史実でも中世は殆ど人が住まなかった様である…

雨は殆ど降らないが、一応ナツメヤシなど育つ程度の環境で有るらしい。

アリア

「Aria」〜大規模な楽曲に含まれる抒情的・旋律的な独唱曲。では無い。

綴りはAlia。エルサレムの真南、MAP端に存在する城。

比較的近くにあり、また金鉱山を二つも持つ事からエジプトとエルサレム王国で取り合いになる場所だろう。

手にすれば、定期的な収入源と防衛拠点、兵士雇用拠点が出来る事になる。

Aliaはヘブライ語の「アリーヤー(聖地イスラエルに移住すること)」の転写であるが…

関連性は不明。

中世ではここにアイラと言う軍事・交易拠点があったそうだが…

アスカロン

アシュケロンとも。ガザがある場所に何故か代替として存在している城。

エルサレムの対エジプトの最前線基地。この先にはエジプト領ダミエッタの城があり、序盤からこの近辺は戦場となる。

緩衝地帯となる反乱拠点ははアリアのみで、エジプト・エルサレム王国で取り合いになるのはそこしかない。

むしろアンティオキア公国との間にあるホムス・パールベック・ダマスカス・パニアスが同盟国同士で取り合いになると言う。

アスカロンは聖書にも登場する、ペリシテ人の住む町。同じ町としてガザの他アシュドット・ゲラル・ホロンがある。

ちなみに聖ジョージがドラゴン退治をした剣の名も、同じスペルでアスカロンと言う。

アルスフ

アルスフの戦いで有名な場所。

古来よりそれ程人の済む土地ではなかったが、ムスリムが聖地沿岸で活発な活動を始めると、この場所でも市が立ったり人の居住が増えたりした。

そのうち十字軍が来襲し、この地は西欧諸国とムスリムで獲ったり獲られたり、その度に軍事拠点としての強化がなされていった。

バイバルスがここを40日の包囲の後に陥落させた時、今度ここを十字軍に奪われたら厄介なことになる…と

城壁などを徹底的に破壊し尽くしてしまった。

こうしてアルスフは13世紀、殆ど人の住まない跡地になってしまう。

現代に至ってもここは道路も通らない放置された土地。

と言うか、自然公園的な場所になっていて、中世のアルスフに築かれていたモット・アンド・ベイリーの土台が発掘されたりしている様だ。

トリポリ

トリポリ伯国の首都であったが、本キャンペーンではエルサレムの町になっている。

同名の都市がGCにある(現リビアの首都)他、コリントの南にもあったりする。

綴りは実は全部Tripoliで、ギリシャ語で「三つの都市」を意味するが…アラブ語での名称もちゃんとある。

ここでのトリポリは「タラーブルス」と言うのがアラブでの名称。

十字軍来襲以前も交通の要衝として栄え、名物として大図書館「ダール・アル=イルム」があったとか。

戦乱に巻き込まれ、中世には荒廃するが…地中海貿易が活発な間は絶えず人の流れはあったようである。

ベニ ヒラル/ベニ スレイム/ベニ カリッド居留地

アラビア半島のネフド砂漠に点在する、ベドウィン族の居留地。

イスラム教が伝播する前から、ラクダに乗るこの民族はこの地を支配していた。

ベドウィン族と言ってもまとまりがあるわけではなく、地域によって幾つかの部族に細分化している。

ベニ・スレイム、ベニ・ヒラル、ベニ・カリッドはそれぞれこの地に住んでいた有力な部族の名前。

別に「ベニ」が必ず付くわけではなく、他にもルワラ族、バニ・ハリド族、ムタイラ族など様々な部族に分かれる。

ベニ スレイム居留地は砂漠北西部に広がるもっとも大きな面積の領域で、特産物は絨毯が一つのみ。

カラクからの連絡が最短。

ベニ ヒラル居留地はベニ スレイム居留地の南南東にあり、特産物は武器が一つのみ。

最短の連絡拠点が他の2居留地と、かなりの僻地。

ベニ カリッド居留地は他の2居留地と異なり金2・銀1・絨毯1と高価値な特産物を持つ。

居留地の中では東にあり、アル バスラから近い。

アル バスラ

現在ではただ単にバスラと呼ばれる、m2tw最南東の拠点。

この南東にはペルシャ湾が開けるはずである。

ティグリス・ユーフラテス川の合流したシャットゥルアラブ川(長さ200km位だが)沿いに位置する。

当時は東西を繋ぐ貿易拠点で、二大河川の恩恵も受けてナツメヤシや穀物の生産が豊か。

北の山からは冬の(比較的)寒い時期に氷が運び出され、ヤフチャールと言うペルシアの氷室に蓄積されたりした。

もっとも、贅沢品であったようだが。

地理的にもトルコ以外は非常に手を出しにくい地域。

この南西には金2・銀1・絨毯1のあるベニ カリッド居留地があるのでそこへの足がかりにしよう。

ケルマンシャー

アラビア半島とアナトリアを分断するザグロス山脈の中腹にある拠点。

ザグロス山脈に属するのMAP中の拠点では最も西、南西方向にバグダッドと連絡する。

ケルマンシャー絨毯が有名。特産物は武器と金銀だが…

因みに金鉱山はザグロス山脈の高層部に位置し、商人がたどり着くことが出来ない。

鉱山設置の定期収入GETは可能だが、独占修行は出来ないので諦めよう。

タクリット

ティクリートで聞き覚えのある人の方が多いのでは無いだろうか。

サダム・フセインの故郷であり、彼のアメリカ軍からの逃亡劇の舞台になった場所である。

因みに英雄サラディンもこの地の生まれのクルド人であるが、フセイン元大統領(彼はアラブ人である)は彼の人気にあやかってか

自らをサラディンに例えるなどの引用を多々行った。

ティグリス川のそばにあり、下流にはバグダッドがある。

トルコの初期領土東部方面4つの内の1だが、特産物も貧弱で今一存在感が薄い。

タブリーズ

エレバン南東に位置する、険しい立地の都市。

ここまで来ると最早十字軍はあまり関係無く、ササン朝ペルシアとか黒羊朝とか、中東の歴史の話が多い。

北東のエルブルズ山脈と南のザグロス山脈に挟まれる、山がちな地帯にある。

南のキルクークから出ないと分けいる事は出来ない、西の拠点ヴァンとは完全に高山地帯で道を絶たれている。

東はMAP端で、北はこれまた細い道を通りエレバンに連絡する。

金が二つあり、鉱山を設置できれば美味しい。

さらに北のエレバンには金4銀2、最北のトビリシには金2銀2と鉱山を設置したくなる拠点が続く。

攻めてくる勢力もいなさそうなので、トルコは積極的に北に進軍しよう。安全な収入源が確保できる。

ラッカ

エデッサのすぐ南、同じユーフラテス川沿いで下流にある、トルコの町。

アンティオキアとの闘いはまずこの辺りで起こるだろう。

アラビアでありながら、キリスト教の文化が強い都市。

アラビア半島は土着信仰→ユダヤ教→キリスト教→イスラム教と信仰が上書きされ(混じり合い)中世に至るのだが、ここはキリスト教時代熱心に信仰がなされた。

そしてキリスト教の大シスマが訪れ、カトリック・オーソドックス他様々な宗派への分裂が決定的になり、力を付けてきたムスリムに支配されてしまった。

ここからラッカと言う地名が始まる(それまではカリニコスと言う地名だった)

ムスリム支配下では、ラッカの他に、都市外の軍営が発達したラフィカと言う都市と、複合都市を形成する。

ここまでラフィカが軍営上がりから発展したのは、当時の重要地点であったエデッサ・バクダッド・ダマスカス、そして地中海に抜けるためのシリア地方を結ぶ交差路に位置していたからだと考えられる。

中世においては陶器で一躍名を上げたが、モンゴルの略奪を受け荒廃、近世まで復活する事はなかった。

テオドシオポリス

初期から小都市の反乱拠点、エルズルムと言う名前でも呼ばれる。

名前の由来は古代ローマ帝国のテオドシウス帝。

古来よりシルクロードの途上にあり、大繁栄を見せていた都市。

が、屈指の険しい地形の中に存在し、周辺都市との連携がとても取りにくい。

自身も銀山を一つ特産物として持つ。

リマソール

キプロス島の南部、ニコシアと同居している拠点。

GCで城であったニコシアは町になり、ここが代わりに城になっている。

ニコシアとリマソールは同じ島にあるのだが…何と船を使わないと相互に行き来出来ない。

トゥロードス山脈が仕切っているのである。

ちなみにここの最高峰がオリンポス山からは(1951m)、そんなに険しくはないはずだが…

ヘラクレア

ヘラクレア・ポンティカと言う、古代ギリシアの時代からの都市。

黒海沿岸、ニカイアの東に位置する。特産物は何もない。

この近くの岬からヘラクレスが地下世界に探検に出掛けた(ケルベロス捕獲のくだり)という伝説から、名前がついた。

また、紀元前4世紀頃には宇宙の概念に近いものを提唱したヘラクレイデスと言う学者も輩出している。

紀元前1世紀頃、戦争で灰燼に帰したまま放置され、復活したのは炭鉱業が盛んになる中世以降である。

現在はトルコのカラデニズ・エレーリと言う都市になっている。

アッタリア・アランヤ

それぞれアンタルヤ・カロノロスとも。

キプロス島北西のアナトリア半島への上陸入口となる反乱拠点2拠点、西側の城がアッタリアで東の町はアランヤ。

アッタリア・アランヤの相互防衛協力体制が築ければ、アナトリア進行の軍事拠点として安定する。

エルサレムやアンティオキアはここを奪取できれば、アナトリア半島への良い足がかりになるが、大体トルコやビザンティンに奪われる…

東はトロス山脈が上陸の妨げとなり、西も同様。狭い峠を縫って北上すると、北東路はイコニウム、北西路はライディケイアに連絡する。

中世には港湾都市として栄えた場所であり、アナトリア半島での地中海貿易拠点として活躍した。

エルサレム王国・アンティオキア公国の騎士団

エルサレム王国

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左上から、エルサレム騎士・テンプル準騎士・トリポリ騎士・テンプル騎士・テンプル指揮官護衛隊・エルサレム保安官部隊

「エルサレム騎士」は、白地に金色の十字。

対して「テンプル騎士」は白地に赤の十字。

「トリポリ騎士」は赤と白のツートンカラー。

アンティオキア公国

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左上から、アンティオキア騎士・エデッサ騎士・ホスピタル騎士・ホスピタル指揮官護衛隊

ホスピタル騎士団は黒字に白十字がトレードマーク。

エルサレム王国アンティオキア公国
ユニット名攻撃突撃回避雇用維持建物その他ユニット名攻撃突撃回避雇用維持建物その他
エルサレム騎士8(9)5(3)546890185木の城郭APアンティオキア騎士8(9)5(3)546890185木の城郭
テンプル準騎士8(9)5(3)546860185男爵厩舎APエデッサ騎士8(9)7(3)546890185男爵厩舎・城塞AP
トリポリ騎士11(12)7(3)556970185伯爵厩舎・城塞最高士気-
テンプル騎士11(12)7(3)556920185伯爵厩舎・陸軍兵舎高持久・最高士気ホスピタル騎士11(12)7(3)556920185伯爵厩舎・陸軍兵舎高持久・最高士気
テンプル指揮官護衛隊11(12)7(3)6561450375王の厩舎高持久・最高士気・HP2ホスピタル指揮官護衛隊11(12)7(3)6561450185王の厩舎高持久・最高士気・HP2
エルサレム保安官部隊11(12)7(3)6561380375王の厩舎高持久・最高士気・人数二倍・AP-

※いずれも鈍足騎兵・突撃隊形使用可能、特に記載が無ければ高い士気、括弧内の数字はセカンダリの数値。

  • エルサレム王国の騎士団

無駄にラインナップが豊富なエルサレム王国の騎士団。

ぶっちゃけた話、後半までは最もベーシックなエルサレム騎士を運用するのが良いだろう。

木の城郭から出せるし、AP能力も持つ。

ワンランク上の騎兵が欲しければ城塞建設のみで出せるようになるトリポリ騎士が用意しやすい。

こちらはAP能力は失われるが能力は一回り強化。

結局の所エルサレム王国は厩舎系の発達にあまり意味が無くなってしまう…

王の厩舎まで発展させるとこのキャンペーン固有の強力兵種、テンプル指揮官護衛隊・エルサレム保安官部隊が雇用可能になる。

しかしこれらのユニットは残念ながら雇用数に大幅な制限がかかり、「王の厩舎がある拠点数」までしか部隊数を増やすことが出来ない。

攻守が強力なのは確かだが…それだけ。

せめて周囲の兵の士気Upとかの特殊能力も持たせてほしかった所である。

  • アンティオキア公国の騎士団

エルサレム王国と良く似た重騎兵のラインナップを持つが、2種類少ない。

その分、歩兵に重点が置かれている。(アンティオキア市民兵・エデッサ護衛兵・聖墳墓教会警備兵)

まぁ…騎兵に関しては上記のラインナップで十分事足りるだろう。というかエルサレムのラインナップが多すぎる。

アンティオキア公国の方が総合的にバランスは取れているかもしれない。

ちなみにエルサレム保安官部隊・テンプル指揮官護衛隊はいずれも維持費375と、それなりに

そのユニットの高価値ぶりを反映しているのだが…

アンティオキアのホスピタル指揮官護衛隊はなぜか185と維持費が安い。HP2で能力や数も変わらないのに。

兵種

エルサレム王国

トリポリ騎士

エルサレム王国で雇用できる汎用重騎士。

因みに重歩兵に「トリポリ従士」がいるが、これは下馬騎士では無く従士扱いの為士気が低い。

が、攻守は高くスタミナも多いため、重歩兵としてはそこそこ役に立つだろう…と言うかエルサレム王国は重歩兵が貧弱。

史実では、聖地には他にエデッサを中心としたエデッサ伯国、トリポリを中心としたトリポリ伯国があったが

エデッサはアンティオキアに、トリポリはエルサレムに吸収されてしまっている。

また史実では、トリポリ伯国はエルサレム王国・アンティオキア公国両方に挟まれ、支援を受けていたが

時代が進むにつれアンティオキア公国に(どちらかと言えば)着くようになって行った。

m2twではアンティオキア公国ではトリポリ騎士は雇用できないのだが…

ソデール弓兵

農民弓兵の完全代替。

攻防雇用などほぼ農民弓兵で、マロン派教徒射手の完全下位互換。

初期に配備されている部隊以外使う機会は無いだろう…

「ソデール」は「ソルジャー」と言う意味らしい、何語かは判らないが…

要は、安価で質の低い傭兵であると思われる。

マロン派教徒射手

長射程の北方弓兵と言った装いで、射撃練習場で雇用でき雇用維持も安い(400/100)。

テンプルクロスボウ射手には火力で明らかに負けるが、汎用性の高さから初期〜後期まで十分に通用する。

マロン派とはキリスト教の一派で、レバノンやエデッサを中心としたアラブ人の信者たち。

当時ムスリムは異教をカトリックほど激しく排斥しなかった為、この様にキリスト分派が聖地にも少数ながら残っていた。

カトリックとは教義を異にしていた為分派しているが、十字軍の聖地侵入に伴い日和ってカトリックに帰属した。

当時はどうだったか判らないが、現在でもやや過激な一派としてレバノンで活躍中。

日産のカルロス・ゴーン氏もこのマロン派。

色のMaroonとはスペルが違うので誤解のなきよう。

マロンとは4世紀にこの地方で活躍した聖マールーンから来ている。

下馬エルサレム騎士/テンプル騎士団従士

まんま下馬封建騎士と重装長槍兵の代替。

それぞれ城塞以上/守備隊兵舎から出せる。

性能は並みだが、エルサレム王国は歩兵が貧弱なので相対的に貴重。

ピサ及びジェノヴァ水兵

pisan_and_geonese_sailors.jpg

食い詰めた船乗りが傭兵に転身、守備隊兵舎から雇用出来る。

この当時はピサやアマルフィ、ジェノヴァなど、m2twで出てくる勢力以外にもイタリア都市国家は乱立していた。

彼らもカトリックである為、十字軍に参加。水運での支援を行っていたが…

やわらか両手武器兵、だが士気が高い為ある程度単独行動させても大丈夫。士気回復速度もアホみたいに高い。

無料維持は出来ないが、そこそこ雇用/維持費が安い(300/125)。歩兵隊で150人部隊なのも彼らだけ。

きこり隊のように正面突撃させたり、軽騎兵が居ない場合は弓兵を追いまわしたりさせるのに有用だろう。

シリア民兵

syrian_militia.jpg

エルサレム唯一の無料維持ユニット、シリア人であるがカトリック。十字軍に呼応して武器を取る。

お世辞にも強いとは言い難いユニット、性能的には市民兵と市民槍兵の中間。

鎧もアップグレード出来ない…しかし治安維持には大きく貢献してくれるだろう。

アンティオキアにも同じユニットはいるが、あちらはアンティオキア市民兵と言う良質な無料維持民兵が…

フランク戦斧兵

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大都市または市衛兵舎から出せる斧盾歩兵。

守備と士気にやや不安があるが、高持久でそこそこのAPつき攻撃力。

柔らかい下馬帝国騎士と言った感じ。

アンティオキア公国

エデッサ騎士

エデッサ伯国の騎士。

やはりエデッサ伯国は独立した十字軍国家であったが、アンティオキアに組み込まれている。

実際アンティオキアとはあまり良好な関係で無かったようだが…

同ランクのトリポリ騎士と似たようなスペック。

テュルコポル

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本キャンペーンではカトリックでも、このテュルコポルが雇用可能。

安くはないが、その機動力は抜群。攻守士気は貧弱だが…多くの場面で活躍してくれる。

こちらもアンティオキアと共通で、更にアンティオキアは良質の弓騎兵がいる…

セルジューク従士

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アンティオキア公国のみ雇用出来るお買い得弓騎兵。

維持費が安い(110)のに、速度などはテュルコポル準拠。ただし防御が紙(1)なので注意。敵に攻撃されないように…

アンティオキア公国はこの様に、重騎兵以外が多くエルサレム王国より優遇されている。

アンティオキア市民兵

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アンティオキアはシリア民兵の他に、上級のこの兵種が無料維持の選択肢にある。

斧盾歩兵で民兵にしてはそこそこの戦闘能力。選ぶならこちらだろう…

流石にエルサレムのフランク戦斧兵ほど強くはないが、AP属性を持つので民兵にしては強い。

無料維持出来るバイキング奇襲兵の様な感じか。

フランク族剣士

エルサレム王国のフランク戦斧兵に対応。

攻守はやや高めだが、斧を剣に持ち替えているためAP攻撃が失われてしまっている。

エデッサ従士

エルサレム王国のフランク戦斧兵に対応その2。ちょっとだけ強い。

AP攻撃盾装備歩兵、従士なので士気はやはり高くない。

エデッサ衛士

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兵舎が必要だが、かなり強力な士気の高い重装両手斧歩兵。

タバルダリイヤや北方戦斧兵、ギャログラスなどに似た感じで、そこそこ守備力も高い。

回避が高い為、突撃の正面衝突にもある程度耐久性を発揮。投射攻撃には注意…

これを更に強化したのが、聖墳墓教会警備兵となる。

下馬アンティオキア騎士/聖ヨハネ騎士団従士

こちらも下馬封建騎士/重装長槍兵互換。

アンティオキアは歩兵のバラエティに富むが、やはりこの2種が鉄板だろう。

聖ヨハネ騎士団従士は、テンプル騎士団に比べて数が多い(150人)点で優越。

聖墳墓教会警備兵

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アンティオキア公国が誇る最強の両手剣重歩兵、攻撃18(AP)突撃9守備14HP2に加え、兵数も150人、士気は最高とチート能力。

ホスピタル指揮官護衛隊と双璧を為し、これらを揃えれば大勝利。

問題は武器庫の建設と、その武器庫がある拠点の数だけしか徴用できないと言う点であるが…

聖墳墓とはエルサレムにある、キリストの墓とされる場所。

本当にキリストがそこに葬られたかどうかは判らないが…取り敢えずそういう定義を当時はされていた。

第一回十字軍の兵士の多くの目的が「ここにて祈りを捧げる」ことであったため、いきおい士気盛んにエルサレムは攻め立てられた。

そうして陥落したエルサレムだが、エルサレム建国の士ゴドフロワは、「エルサレムの王」を名乗らず「聖墳墓の守護者」を名乗った。

これに準ずる形で聖墳墓教会警備兵が誕生したのだと考えられる。

テンプル(ホスピタル)クロスボウ射手

大盾クロスボウ兵、どちらも高攻撃力長射程、弓射撃場が必要。

テンプルクロスボウ射手は正規兵並みの士気を持ち、近接にも強い。全キャンペーンを通して最強に近い投射兵士。

反面アンティオキアのホスピタルクロスボウ射手は近接は並みで、士気も低い。

この兵種は珍しくエルサレムがアンティオキアに優越。

テンプル(ホスピタル)射撃手

グランドキャンペーンでは短かった射撃手の射程も、Kingdomsでは軒並み改善されている。

95mに伸びたことで、やはり弓には敵わないものの、突撃してくる兵士・騎兵に確実に先制を与えられる。

また側面に回り込ませての援護もやりやすくなった。

こちらもクロスボウと同じくエルサレム騎士団の射撃手の方が、能力士気に置いては優越。

エジプト

カーセキ

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Khassekiであり、同国最強の騎兵Khassakiとは殆ど発音が同じ。

斧盾歩兵部隊であるが…APを持つ以外は特筆すべき能力も無い。

中途半端な攻守に低い士気、AP能力は持つが民兵演習場が無いと雇用不可と言うボーダーの高さ。

もっとも影の薄い兵種だろう…

クルド族とベドウィン族からの傭兵部隊らしい。

アル・アシャイル歩兵

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市民槍兵の強化版。

聖地付近で暮らす遊牧民をアシャイルと呼ぶのだとか。

歩兵として徴用される彼らは、都市に於いて無料維持枠に入る事ができる。

実力は市民槍兵と同等…雇用は夜警詰所からと、初期から潤沢に雇用できる。

しかし、市衛兵舎が建つとあっという間にサラセン民兵に駆逐されるだろう。

アビッド・アッシラー

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長射程弓歩兵の一。

守備力が3上がって雇用建築物がワンランク上(弓射撃場)な、砂漠弓兵のお買い得感を際立たせる役割。

攻撃・射程・士気は同じ、持久力が高いが疲労は射撃に影響を与えないし…

直訳すると、「スーダン人奴隷兵」。

見た目は弓を持ったサラセン民兵で、肌は余り色が濃く無いが…スーダン人には褐色肌の人も含まれていたのだろう。

グラーム

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下位重騎兵という珍しい兵種、下馬兵もセットで。

騎兵は騎士厩舎・下馬兵は守備隊兵舎と雇用のボーダーは高くは無いが、士気が民兵並み。

士気の高さが試される攻城戦などでは使いにくい部類。

似たような見た目のトルコのハッシャムを、攻守士気雇用維持全てで僅かにスケールダウンした感じ。

AP攻撃と高い守備をを持つので、それなりに活躍の場はあるだろう。

城塞でマムルーク、演習場でアッハーカ歩兵と言う士気の高い完全上位互換が現れるのだが…

彼らグラームはマムルークに先駆けて重用されていた、アフリカ原住民の奴隷戦士。

マムルークと似たように、見込みのあるものは高度な訓練・教育を受けた。

その為自分を買い戻したあとも、同じスルタンに仕えたり遍歴の武者になったりしたのだとか。

アッハーカ歩兵

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良質な剣歩兵。

マムルークになれる立場でない若者が、いわゆる従士として戦う。

とはいえその戦闘能力は高く、GCでは欠けているエジプトの下馬封建騎士のポジションを抑えられる攻守士気を持つ。

演習場が必要だが持久力も高く、西欧の下馬封建騎士のポジションをまんま占める。

ハシシンを除くエジプト最強の剣盾歩兵。

野戦・対騎兵にはサラセン民兵、攻城・対歩兵にはアッハーカ歩兵と使い分けるのが良いだろう。

シブヤーン・アッカース

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最精鋭の弓騎兵。

マムルーク弓騎兵と比べて、攻守士気が一回り強化。足の速さも同じ中速。

上級射撃場の建設が必要だが、雇用・維持費は同コスト。

投資を抑えて、木の城郭や都市でも競馬場があれば出せるマムルーク弓騎兵を使うかはその人の好み次第。

一応彼らもマムルークの精鋭。シブヤーン・アッカースとは「青年護衛兵」を意味する。

カイロを奪われると雇用できなくなるが、まずそんな事態には陥らないだろう。

ハセキ

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エジプトが擁する最強の重騎兵。

HP1なのを除けば護衛兵以上のスペックだが、カリフの厩舎が必要。

更に、同じくカリフの厩舎から出る王室マムルークに能力では優越しているもののAP属性が失われている。

ぶっちゃけて言うとハセキや王室マムルークより、城塞があるだけで出せるただのマムルークの方が

数値ではやや劣るが汎用的に出せる為、利用することが多いだろう。

スルタン直属の、トルコのカプクルと似たような最高地位の騎兵である。

シブヤーン・アッカースと同じくカイロを奪われると雇用出来ない。

トルコ

アフダース

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投槍民兵の下位互換、エジプトのアル・アシャイル歩兵と同じ扱い。

田舎から徴用された若者で、最低限の訓練を施され、装備は槍と盾以外皆無。

正面からなら8の守備力と、一応騎兵ボーナス8もあるのだが…

すぐに他の上級槍兵に駆逐されるだろう。

と言うかなぜイスラム諸国はこんなにオリジナルユニットの扱いが悪いのか。

ハッシャム

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最初に出てくる重騎兵らしい重騎兵。下馬兵もセットで。

士気も高く、騎兵は城があるだけで出せる(歩兵は演習場が必要)。ほぼ同様能力の騎兵のスィパーヒ槍騎兵は城塞から出るため、こちらの雇用が自然と多くなるだろう。

下馬兵は位置的にはトルコ版下馬封建騎士。似たような見た目の下馬グラームより一回り強く、アッハーカ歩兵にも僅かに守備で勝る。

やはりハシシンを除く勢力の最強剣盾歩兵。

バクダッドが雇用には必要だが、地理上よっぽどのことがないとバクダッドを失いはしないだろう。

その正体は外国に流れたマムルークで、大金を払ったスルタンに限り仕えると言う。

能力的には上位の騎兵もいるのだが…取り敢えず彼らなら、西欧の騎士とも互角に渡り合えるだろう。士気も高いし。

AP能力は無いが。

イクター従士

iqta'dar.jpg

最強の弓騎兵…と思いきや、そんなに強くは無かったり。

競馬場に木の城郭と、汎用的に出せるスィパーヒ騎兵に対しこちらは射撃訓練場までの投資が必要。

士気・守備に於いて強化は為されているものの、弓の威力は同じ。

見た目が…と思いきや、鎧UGのスィパーヒ騎兵は全く同じ見た目になる。

雇用・維持費もちょっとだけ高い。

スィパーヒーもイクターも同じような封建制度に預かる兵士。

イクターはアッバース朝で栄え、スィパーヒーはその後期のオスマン帝国で栄えた。

ビザンティン

ギリシャ式火炎放射器隊

greek_firethrower.jpg

おそらく最も印象的な十字軍キャンペーンのユニット…

レーザービームの様な短射程(30m)の火炎「ギリシャの火」を放つ。

歩兵ならまだしも、突撃してくる騎兵には間に合わない事が多々…間に味方がいても躊躇して攻撃してくれない。

中々に使いづらい。

運用方法としては、上手く間に敵が入らない様に陣形を組む事。

楔形陣形の両翼に火炎放射器隊を隠して置いて、十分に組み合ったら両翼から突出…側面攻撃、などが現実的か。

また、高低差が有れば頭越しの攻撃も可能。

コンスタンティノープルを維持している事が必要、後は弓射撃場があれば良い。

アナトリア半島西部でも数は揃えられないが、傭兵として雇える。

火炎放射を食らった部隊は「決死の戦闘中」と同じ様に軍旗が赤く点滅する。効果は不明…火達磨になっている様を表しているのだろうか。

因みに象に火炎放射器を食らわせても一撃死しない。

プロノイア歩兵

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「プロノイア」と言うのも封建制度と良く似た制度。

兵役の代わりに土地の所有権を得た。

市衛兵舎で出せる標準的(正規兵程の士気は持たないと言う意味)な鎚盾歩兵。

ビザンティン歩兵や下馬ビザンティン槍騎兵と同じ、ミドルランクの剣盾歩兵であるが

前者は民兵演習場(大都市)、後者は兵舎(城塞)が必要という釣り合いの取れない投資額。

プロノイア歩兵は市衛兵舎(小都市)から出せるので一番導入が早い。

他の二種に比べると攻撃力で2劣るがAP能力でそれを補う。守備の数値は全く同じ。

初期〜中期は市民槍兵やビザンティン槍兵とタッグを組ませて戦おう。他勢力に比べると貧弱だが…

アーコントポウライ

archontopoulai.jpg

皇帝アレクシウスが11世紀に創設した、役人の遺児から構成される良質な重騎兵。

コンスタンティノープルが無いと雇用出来ない。

ビザンティン槍騎兵、ラティンコン、カタフラクトとグレードアップする重騎兵の最上位。

ただし王の厩舎が必要…

基本的にビザンティンは騎兵・歩兵・弓兵、いずれも強力な兵種を雇用しようとすると建築物への高額投資が不可欠となる。

ただし、バルダリオタイだけは別。城が有ればすぐ出せる直間両用高戦闘能力快速弓騎兵。

バルダリオタイのせいで他の騎兵が全て霞んでしまう…

アラマノイ

alamanoi.jpg

西欧出身のツヴァイハンダー傭兵。

ビザンティンで高い士気を持つ前衛歩兵は三種。オフェンシブなアラマノイかディフェンシブな下馬ラティンコン

そして両者の攻守を上回るヴァランガー近衛隊。

それぞれ兵舎(城塞)・武器庫(大城塞)・民兵舎(巨大都市)とかなりの投資が必要。

いっそヴァランガー近衛隊一本に絞って、それまでは市衛兵舎で出せるプロノイア歩兵や市民槍兵で妥協するか…

アラマノイはコンスタンティノープル周辺で傭兵雇用出来るのでそれを当てにするか。

Deus Lo Vult!

ウルバヌス2世(1042~1099)のフランス・クレルモン教会会議の最後にて、彼が発した十字軍の呼びかけに対し、諸侯が声を合わせて応えた言葉「神の御心のままに!」。

絨毯

アナトリア半島に存在する比較的価値の高い特産物。

織物の生産に伴い、絨毯と呼ばれる敷物も各地で発達したが、様々な文様を描いた絨毯が中東では発達した。

特にペルシャ絨毯は随一の品質として有名であろう。

タブリーズ(m2twでは絨毯が配置されてないが)などが有名な産地であるが、現存する当時の絨毯は少ない。

これは、衣服などと同じく素材の羊毛の品質劣化が原因。

十字軍がトルコから持ち帰った絨毯は、西欧では床に敷くものではなく壁掛けやテーブルクロスとして利用されていた。

ガラス器

パレスティナ・シリアに分布する特産物。

そこそこ価値が高いのだが、エルサレム王国やアンティオキア公国にとっては距離的にあまり価値が無い。

ガラスが生産されるにはガラスの元となる珪石と大量の燃料が必要で、更にその加工技術も高度な技能を必要とした。

硅石はともかく、燃料となる木炭はイスラム世界では貴重だったようである。

当時のイスラム先進文化の一つがこのガラス器であり、西欧への輸出品目として多いに賑わった。

ガラスは腐らず、薬品にも侵されにくい良質の保存容器であり、ワインの保存などもこれにより大きく進歩した。

因みに当時のヨーロッパで全くガラスの生産が行われていなかったわけでは無く、ヴェネチアなどではガラス職人を集め大規模に生産・研究を行っていた。

その後、ヨーロッパ全土にガラス作りの工房は広がって行き、もはやガラスは中東の独占技術ではなくなった。

パピルス

古代エジプトで紙の代わりになった有名な植物。

現在でもナイル川下流に生い茂っている。

この時代では実はすでにパピルスや羊皮紙では無い「紙」と言うものは存在していた。

亜麻や樹皮、綿などを調合した紙やそれを作る工場がヨーロッパへ伝わったのが12世紀初頭。

情報の伝播ルートとしては中国(唐)→イスラム→ヨーロッパ、という流れ。

その頃から羊皮紙やパピルス紙は、安価で大量生産の可能な上記の混合紙に置き換えられて行く。

羊皮紙は鞣したりの手間が掛かり、パピルスはその原料自体がナイル川流域でしか大規模に取れなかった。

その為このような特殊な紙は、土産物などの一部の需要を除いて廃れてしまった。

武器

中価値の特産物として扱われる。

「有名な戦場跡」とアイコンが似ている…

色々なところに少数ながら存在する割りとレアな特産物。ダマスカスとか。

ただ、商人を配置したからと言って雇用・再訓練兵士の武器がアップグレードされたりはしない。

苦痛のピラミッド

pyramid of pain.png

カスタムバトルステージの一、領地の定義不可。

ピラミッドがあるが、エリア外に遠く見えるのみで戦略的に使う事は不可。

その他の地形は完全に平坦な砂沙漠。

因みにエジプトで有名なのはギザのピラミッド。これはカイロの郊外に位置する。

死のオアシス

oasis of death.png

カスタムバトルステージの一、領地の定義不可。

MAPの中心にオアシスが存在、その周囲を小高い丘が360°囲むように配置。

グラフィック設定を上げていれば水面が反射して綺麗。

キルシェヒルの砂漠

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カスタムバトルステージの一つ、領地の定義可能。

多少起伏があり、少々の緑もある。

位置取りによっては投射兵の射程に優劣が産まれるが、基本はただの平地と同じ。

ただ砂漠なのでスタミナの減りが早い、重装な兵ほど。

キルシェヒルはクルシェヒルとも。カエサリアの西にあるアナトリア高地の拠点。

ハリュス川の流域だが、川から離れた半島内陸部に行くとそこは荒涼としている。

ラッカの渡河点

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カスタムバトルステージの一つ、領地の定義不可。

橋の掛かっていない、川の浅瀬を挟んで対峙する。

川の両岸は急勾配になっており、防衛側に投射兵がいれば大幅有利。

ラッカは戦略MAPにもある、エデッサ南のユーフラテス川流域の拠点。

シリア砂漠

とりあえず、本キャンペーンでアラビア半島に存在している沙漠は全てシリア砂漠であると言ってOK。

この南にはネフド砂漠、そしてルブアルハリ砂漠が続く。

リザーイエ湖

タブリーズの西にある湖。ほとりには同じ名前の集落がある。

ザグロス山脈

ペルシア湾から南西に延びる山脈、アナトリアとアラビア半島を区切る。

ナイル三角州

カイロ-アレキサンドリア-ダミエッタ-スエズを囲む地域を(少し大きすぎるが)ナイル三角州と呼ぶ。

実はこの時代、この辺りはMAP程の陸地は無かった。

正確には湿地及び遠浅の干拓が広がっていた…

これを耕地化するのは近代に入ってからの話。

大ビター湖

アル・スエズのそばにある湖。スエズ運河はここを中間地点として、地中海と紅海をつなぐ。

近代以前にも運河は有ったようだが、ナイル川の氾濫を利用して一時的に出来た水路を使う物なので

恒久的な交易ルートとしては使えなかったとか。

リビア沙漠

本キャンペーンMAPではアフリカ大陸の砂漠はすべてコレ。

現在は後述のカッタラくぼ地(低地)が存在する経度で南北に分断され、リビアとエジプトに国境が引かれる。

トールス山脈

アナトリア半島の南部、地中海からの上陸を遮るようにそびえる山脈。

このため地中海からの上陸ルートは、アッタリア・アランヤからに限定される。

アナトリア高原

アナトリア半島中央部、アンカラを中心としたステップ気候の高地一帯を指す。

レバノン山脈

トリポリからアクレあたりまで、南北に延びる山脈。

このすぐ東にアンチレバノン山脈と言うもう一つの山脈がある。

パールベックはこの二つに挟まれる。

ゴラン高地

パニアス南部一帯の、少し険しくなっている地形。

ドールス山脈

ゴラン高地の東、さらに険しくなっている場所。

アカバ湾

拠点アリアが面する湾。

これとスエズ湾は紅海に流れ出す。

カフカス山脈

MAP北東端の険しい山地、この辺りをカフカス(コーカサス)地方と呼ぶ。

商人が踏み入れられない金鉱がある。

エーゲ海

ギリシアの島々が存在する海を地中海とは区別して呼ぶ。

ヒオス島・チノス島・サモス島・ナクソス島・キクラゼス諸島・コス島・カルパッソシ島などがMAPでは再現されている。

スミュルナ辺りの経度で南北に分かれ、北をエーゲ海・南を多島海と区別する場合もある。

ダーダネルス海峡

小アジアからバルカン半島に渡る為の海峡…であるが、GCとは違い船無しでは渡れなくなっている。

マルマラ海

ご存じ、コンスタンティノープルとニカイアの間の海。

ボスポラス海峡

小アジアからバルカン半島に渡る為の北側の海峡。ここは歩きで渡ることが出来る。

トゥズ湖

アンカラの南、アナトリア高原中央部にあるアナトリア半島最大の湖。


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Last-modified: 2018-08-20 (月) 18:19:07 (450d)