Geography.png

m2twのMAP情報、及びその他表示されない地理について記載するページです。


m2tw グランドキャンペーン 領地境界及び特産物分布MAP

は拠点位置、オレンジの点は特産物、高価値・希少な特産物は別途アイコン表示。

map border and product mini.jpg

↑の大きい版はこちら

特産物固有の価格(鉱物資源は広域鉱山を設置した時の値)

毛皮:3 石炭:4 魚:5 穀物:5 硫黄:5 材木:6 スズ:6 羊毛:6

ワイン:8 虜囚:8 織物:8 染料:8 綿:8 鉄:9 大理石:10 砂糖:10

銀:12 象牙:12 絹織物:12香辛料:12 琥珀:12

チョコレート:15 タバコ:15 金:20

●城・都市の種別アイコンと拠点名を乗せた版はこちら

●地名などを記入した物はこちら

●何も記入してない版はこちら


目次

◆付きの地名は、m2twで拠点として存在する都市。

西欧

フランドル

フランダースとも。ブリュージュやアントワープがある辺り。

織物やフランドルパイク傭兵(1300年~)が特産品。

イングランド・フランスでプレイした際はかならず争奪戦になる土地でもある。

◆アントワープ

Antwerp、アントウェルペンまたはアンベルスとも。現在はベルギー領。

フランドルニ大都市の一つであり、育てれば屈指の海上交易都市に発展する。

特産物の織物や染料もそうだが、周囲に交易相手拠点が多く、またそれらも豊かな部類の都市が多いためその相乗効果が莫大な利益を叩き出す要因となっている。

最盛期には5000〜6000フロリンもの収益を叩き出す。だが人口増の為治安維持にも苦労するようになるだろう。

1300年からはフランドルパイク傭兵も雇えるようになる。

史実でも織物産業で栄えた都市であるが、その詳細を詳しく述べると、

フランドル一地帯は決してその地域で織物原料を生産し、織物まで仕立てていたわけではなく、

その多くをブリテン島からの羊毛輸入に頼っていた。

大部分はフランドル地方で織物として姿を変え、各方面に輸出されて行った。

15世紀初頭、イングランドの織物産業が力を付けてくるとフランドルの諸都市は自分たちの織物産業が脅かされるのを嫌い、イングランド織物の禁輸措置を取った。

しかしこの中で反発覚悟でイングランド織物を輸入したのがアントワープであり、結果としてイングランド織物の専制購買を行う立場となり濡れ手に粟状態であった。

(ブリュージュは禁輸措置を取った)

こうしてその後も北ヨーロッパの最大の中心地となり続けたアントワープは、19世紀までその栄華を謳歌する事になる。

◆ブリュージュ

Bruges、ブルッヘとかブルグとも呼ばれる。現ベルギー領だが、同国の首都ブリュッセルとは異なるので注意。

フランドル2大都市の西の方、こちらも特産物として織物・染料を扱い、アントワープと同様の港湾都市の性格を持つ。

港系を発展させ周囲の都市と交易関係を結べばアントワープと同様莫大な利益を叩き出す。

こちらもフランドルパイク傭兵が1300年から雇用可能。

因みにフランドル他の地域ではランツクネヒトパイク傭兵も雇用できるが、1470年からなので空気。

発展の始め、ここは交易都市としてでは無く軍事拠点として要塞がおかれた場所であった。

しかし12世紀この城塞は大津波に襲われ水浸しになる。

その際、水を逃がす為に大規模な公共工事を行って水路を作り上げたのだが、その水路が交易に非常に便利だったことから商業都市としての性格が強まって行く。

北海貿易の中心となったブリュージュは15世紀頃まではその栄華を欲しいままにするのだが、上述の水路に土砂が溜まり始め船の通行に不全が生じてしまう。

その後は周辺都市にその役目を取って変わられ、再び栄華をとりもどすのは、大規模な土砂除去工事が行われる19世紀の事である。

ローヌ川

ディジョン付近(現スイス)から流れ出し、マルセイユの東を地中海に流れ出す川。

フランス四大河川(ライン・ローヌ・セーヌ・ガロンヌ川)の一。

ライン川・ガロンヌ川は表示されているが、パリ・ディジョン付近を通り北に流れ出すセーヌ川は省略されている。

流域にはプロバンスやブルゴーニュなど著名な地所が沢山、途中にレマン湖という湖を通る。

北風ミストラルはこの流域に吹く特有の風。

ロワール川

マルセイユ北西のセヴェンヌ高地から流れ出す、フランスを横切る非常に長い川。

パリ・アンジェのそばを通り、大西洋へ流れ出す。

非常に流れが緩やかで、かなりの距離を遡る事が出来、大いに交易の助けとなった。

現在でもダムが無い川であるため、長距離の遊覧船を楽しむ事が出来る。

スヘルデ川

ブリュージュとアントワープの間を流れる川。

現在はフランス・ベルギー・オランダの三つの国を通る。

中世ではフランスと神聖ローマの国境でもあった。

アキテーヌ盆地

ボルドー以南からピレネーに至るまでの盆地。

ブドウの生産が盛ん。

◆ボルドー

Bordeaux、初期は反乱都市。イメージ通りワインの特産地、おまけに染料も。

港湾都市であるはずなのだが何故だか城が建っている。

城が無いと強力な兵種が出せないイングランドやフランス等では、そのまま城の形態で運用しないと防衛に不安が残る事が多いが

防衛拠点としての能力が不必要になったらさっさと都市転換しよう。

かなりの交易収入を叩き出してくれる。

12世紀から15世紀まではイングランド支配下であったが、100年戦争の末フランスの手に渡る。

この辺りはアキテーヌ圏域に属し、アキテーヌ云々で語られる場合も多々。

ボルドー陥落時、聖遺物として「聖なる包皮」が低確率でGET出来る。

他の聖遺物でも同様だが、聖遺物狙いの時はその拠点が十字軍の対象だと入手確率が3倍になる。活用しよう。

◆インスブルック

Innsbruck、初期は神聖ローマ領の木の城郭である。

史実では銀鉱山、銅鉱山、塩鉱山など鉱物資源が豊かな地域であったが、m2twにおいてはさほど反映されていない。

比較的地味な地域ではあるが、その歴史を紐解くと意外と身近に関連するものが多い。

円舞曲「ワルツ」はこの地域の農民の舞踊から派生したものであり、中世13世紀頃からその記述が確認されている。

他に、チロリアンハットなどで有名なチロル州もある。日本の「チロルチョコ」はこの地を訪れた日本人がその爽やかな

気候から着想を得たもので、現地のチョコレートを持ち帰ったとかそういうものではない。いわゆる立食スタイルの「バイキング」と同じか。

他にもこの地で産出される豊富な鉱石を元に、中世で最大級の知名度を持つフリューテッドアーマーが開発されたりもした。

イタリア・中欧・西欧の互いの交通の要所であるこの城は、各方面へ攻め込む際の足がかりになる。

隣接拠点と離れているため相互の連携はとりにくいが、移動力の高い騎馬部隊を運用するか、中間地点に砦を築くなど

工夫を行って、軍事拠点として活用すれば領土拡大に貢献してくれる地味ながらも価値の高い拠点である。

が、海無し領土のため都市に転換したとしても旨味はあまり無い。あくまで軍事拠点と割り切るのが良い運用方法だろう。

◆トゥールーズ

Toulouse、ガロンヌ川に面するフランスの拠点。

特産物は染料・鉄。

初期から城であるフランスの軍事拠点であるが、都市化してもそこそこの利益を叩き出す。

地中海に港を持つためであるが、防衛の拠点としても地理的に重要なため悩ましい。

古来より「風の吹く場所」として有名なこの地は、様々な気候の境界である事に由来する。

寒暖の差も激しく、特に夏が暑い。

中世においてはカタリ派を対象にしたアルビジョア十字軍の遠征の舞台として有名。

この遠征によりフランク王国史から維持してきた独立権(かつてはトゥールーズ王国として栄えていた)は衰退を見せる。

その後はフランスに併合されラングドックの一地方領となる。

ラングドック

トゥールーズ以東の一帯を指す。

アヴィニョン捕囚(1305)で有名な都市アヴィニョンがある。

近世の学者、ファーブル博士の昆虫観察の対象になったラングドックアナバチでも有名。

セベンヌ山脈

マルセイユ北に広がる山脈。その更に北に広がる高地は(フランス)中央高地と呼ばれる。

アルプスとはローヌ川で分断される。

平地の多いフランスでは例外的な𡸴山地。

見通しが悪いので敵軍進軍の見落としに注意。

ブルターニュ半島

レンヌの先に広がる半島。この辺りはブルターニュ地方とも呼ばれ、フランス中央文化とはかなり異なる習慣がある。

ソバを利用したガレットと言う主食や、りんご酒であるシードルが有名。

コタンタン半島

ブルターニュ半島の東に位置する、ブリテン島に向かって突き出す半島。

イングランド王国ノルマン朝の始祖の地であるノルマンディーもここの一帯。

フランス平原

レンヌ-アンジェ-パリを結ぶ三角地帯。

高地があっても精々数百m位の高さで、フランスの中でも中世時代初期に最も早くから農地改革が進んだ場所。

多くの戦場跡も有する。

ロワール盆地

アンジェの北東、ロワール川中流北部を指す盆地。

穏やかな気候、広がる田園地帯、そして中世の城が立ち並ぶ。

パリ盆地

パリ中心に広がる盆地、小麦や葡萄の栽培が盛ん。

ここの南東はシャンパーニュ地方、同様に農業が盛んな平原や一部湿地帯も混じる。

◆ディジョン

Dijon。15世紀初頭の迄はフランスから半ば独立していたブルゴーニュ公国の首都であった。

ブルターニュとブルゴーニュで紛らわしいがこっちはブルゴーニュ地方。

ブルゴーニュは古くの「ブルグント族の地」を意味するフランス東端の地、ブルターニュは同じくブリテン島から来たブルトン人(ブリタニアン:Brittanian)から来ている。

1137年大火により中心部が焼失。これを契機に中世建築が多いに発達する。

パリとはちがうが、ブルゴーニュ公国の中心として多いに栄えた。

フランス王国に正式に組み入れられるのは15世紀後半の事である。

マスタードの生産で有名。

西にランス、東にメス、北にはブリュージュ・アントワープ南にはマルセイユと大交易都市があり貿易収入もかなりのもの。

自身も特産物に鉄や石炭、ワインを持つ。

ラングル高地

ディジョンを中心に広がる高地帯。

ブドウの他マスタードの生産地でもある。

南東にはジュラ山脈が広がり、スイスはこれとアルプスの狭間に位置する。

(このジュラ山脈は、地質時代の「ジュラ紀」の元にもなっている)

イル=ド=フランス

Ile=de=France、直訳で「フランスの島」

パリを中心とした一帯で、古くからフランスの中心地として栄えた。

この言葉が使用され始めたのはフランス成立後からであり、王の領有地として常に一定の意味を持ち続けていた。

時代により微妙に境界線は変遷するが、およそパリを中心としたセーヌ川・オワーズ川・マルヌ川で囲まれる地域である。

◆マルセイユ

Marseille。プロバンスを望むフランス最大の港湾都市。

特産物にワインと染料。

地中海そのまんまな気候で、非常に過ごしやすい。が、ミストラルが冬季には強く吹く為そこまで寒くは無いものの突然海が荒れたりする。

これはローヌ川流域の地帯の宿命。

中世においては実はそれほど港湾都市としては栄えていなかったらしい。

軍港などが発達したのは近代、鉄鋼業とのコンボで大きく発展したのだとか。

この時代では地中海貿易の中心はイタリアで、マルセイユは比較的のんびりした港町程度であったとか。

魚介類のスープ「ブイヤベース」がこの頃からは名物料理、近郊の名物の白ワインと併せて。

この頃はブイヤベースに付け合わせるトマトはまだ無く(17世紀から)ただ単に塩水と魚のすり身を煮込む(そして種種の具材も入れる)だけの

大変庶民的な、漁師考案の料理だった。

見た目が悪いカサゴなどの魚も、美味しく食べる為の知恵だったと言われる。

プロバンス

マルセイユ以東の一帯。

ミストラルで有名、アルルのソーセージとかも。

アルプスにも食い込んでおり中々に険しい地形で、内陸部は作付けよりも放牧が盛ん。沿岸部は比較的乾燥しているのでオリーブや香草の栽培が主。

9世紀以前にはイスラム系のベルベル人の侵食を受けた。

◆パリ

Paris、フランスの首都。

港も特産物も持たない内陸の拠点だが、貿易相手都市の多さからそこそこの収益を叩き出せる。

隣のランスと近い為、防衛時には連携を取りやすい。

セーヌ川が流れる都市であり、フランク王国(4世紀〜)の頃からほぼ全時代にわたり首都が置かれていた。

このセーヌ川とマルヌ川・オワーズ川で分断される三角の地帯をイル=ド=フランスと呼び、古くからパリ首都圏として重視された。

(大体面積としてはm2twのパリ領土くらい、日本で言えば四国よりちょっと小さいくらいの面積)

「芸術の都」で名高いが、この頃から既に円形劇場(闘技場?)何かは有ったらしい。

987年にフランク王国を前身とするフランス王国が誕生し、フランス首都パリとしての長い歴史が始まる。

人口の増加と敬意発揚の為、何度か城壁は解体され新しい大きな壁に建て替えられ、都市は拡大して行く。

13世紀にはノートルダム大聖堂が完成、ルーブル宮殿やバスティーユ牢獄も中世の建築。

拠点奪取時には信心+2・指揮+1の「イバラの冠」の入手機会がある。

◆ランス

Rheims、シャンパーニュ地域の主要都市。しかしどうも内陸の都市は影が薄い。

特産物は鉄と石炭。

騎兵が使うのはLance。

古代ローマ時代のガリア人の都市ドゥロコルトルムが起源。

フランク王クローヴィス1世が戴冠式を行ったため、フランス王はこの地で戴冠式を行うのがならわしであった。

そのため百年戦争ではジャンヌ・ダルクがこの
街の奪取にこだわったりもした。

パリと同じ名前のノートルダム大聖堂がある、実はノートルダム大聖堂は複数あったり…

スイス

この時代にはまだスイス国はまだ無い、17世紀になってからのお話。

ただ、13世紀頃からこの辺りの一帯都市は、独立や特権主義の気勢があった。

傭兵と酪農が盛んな地域。m2twで言うとシュタウフェンの西一帯で辺り。

ベルン南東の山ばかりで何もない地帯。

イタリア半島

ご存じのとおり、ブーツの形をした地中海の中心地。

古代ローマ時代から様々な歴史の舞台となり、m2twではスタート時、ミラノ・ヴェネチア・神聖ローマ・教皇庁・シチリアの5つの国がひしめきあっている。

クリア条件となる獲得対象のローマがあるが、獲得のためには教皇をどうにかしなくてはならない。

外交でローマを購入するのは不可能に近い為(首都は売買対象にならない)、殆どが教皇と対立する事になる。

ちなみに、他国がローマを侵略し、それを更に奪った場合、教皇様から「ローマを返してくれれば泣いて喜ぶよ」と返還任務を命じられるのだが…

返還しても教皇の信頼がMAXになるだけである。どうせすぐに下がるし…

教皇様の姿が見えない場合はローマ北や、ナポリへ向かう街道をスパイで探索すべし。

森に住んでいる教皇様ご一行を見つける事が出来るだろう。

◆ジェノヴァ

Genoa、ジェノバ・ジェノアとも。

地中海貿易の主要都市、特産物は織物と大理石。

イタリア半島拠点の中ではローマに次ぐ第二の高収益拠点。

ジェノヴァはローマに近い事もあり、古代ローマ衰退後もしばらくはその所属であった。

しかし12世紀の頃その経済力で自治独立する。ジェノヴァ共和国の誕生である。

その後は海洋利権の獲得などにより多いに成長した。いわゆる植民地政策で、遠くはイベリア半島やクリミア半島などに飛び地を築き、商館を置いたりして通商や金融業により利をあげた。

16世紀、最盛期を迎えたジェノヴァ都市は「ラ・スパーバ(華麗な都市)」と呼ばれた。

その後はナポレオンの侵略まで栄華が続く。

◆ミラノ

Miran、ミラノ共和国の首都。

内陸領土であり、特産物は織物だけ。他のイタリア都市ほど貿易ポテンシャルを持たない。

拠点征服時、「ロンバルディの鉄王冠(個人安全・信心・HP+1)」が入手できる事がある。

ロンバルディア平原を一望し、背後はアルプス山脈に守られた天然の要害。

周囲のジェノヴァ・ボローニャ・ヴェニスとは距離が近く、相互に支援を受けられれば強固な守りになるだろう。

史実ではジェノヴァと同じく古代ローマに支配を受けていた。その後、宗主が次々に変わり、神聖ローマ帝国の時に独立、11世紀にはミラノ公国となる。

が、それも束の間で直ぐに神聖ローマの軍隊を差し向けられ都市をめちゃくちゃにされるも、驚異の復活力でロンバルディア同盟

(教皇が後ろ盾に着いた、ロンバルディア地方の諸都市同盟。ミラノとかボローニャとかパルマとかヴェローナとか十数都市)

を結成し、独立を目指して戦った。

結果、諸都市の神聖ローマ帝国撃退は成功し、1250年同盟は解散。14世紀にその最盛期を迎え、16世紀にはスペインに組み込まれる事となる。

レオナルド・ダビンチがその生涯の大半を過ごした街としても有名。学術芸術共に発展した都市であり、オペラ劇場の走りとなるミラノ・スカラ座も中世ここで設立された。

◆ボローニャ

Bologna、ポー川流域のポー平原にある都市。

特産物として大理石を持つ。イタリア半島貿易ランキングでは真ん中くらい。

中世においてはロンバルディア同盟に加盟し神聖ローマ帝国に対抗した諸都市の一つ。

他の都市国家同様自由中世コムーネ(共同体)として一定の自由を勝ち取っていたが、時代の波に揉まれ大きな国家として成長はしなかった。

が、しかしヨーロッパで最も早く大学が創設された(1088年、ボローニャ大学)場所であり、自由な気風が特徴であった。

しかし教皇派と皇帝派の対立により中々統治はうまくいかず、その最中1348年のペスト流行により、諸都市の中でも特に甚大な被害(約人口1/3まで減)を被る。

その後、ミラノ共和国の支配下に置かれ、教皇庁の支配下に置かれと二転三転する運命を辿るが、その中でも芸術を発展させ、後世に様々な作品を残した。

◆ヴェニス

水の都、そしてアドリア海の女王Venice、ベニスとも。ヴェネチア共和国の首都。

都市の特産物は織物だけ、であるが交易により結構な高収益。

周囲7マスを海に囲まれ、残りの一マスはイタリア半島へ掛かる橋となっている。

そのため、守りは硬い…が、被包囲時には援軍を送りづらくなると言うデメリットもある。

1846年にオーストリア帝国の支配下にて「リベルタ橋」が築かれるまでは本当は孤島で、ヴェネチア特有の船「ゴンドラ」などで行き来していたらしい。

他のイタリア都市国家(ミラノ・ジェノヴァなどなど)と同様、東ローマ帝国の支配から、経済的優位性を武器に脱却した都市の一つ。

成立を何時とするかには諸説あるが、初代ヴェネチア総督が置かれたのは697年。異例の早さでの独立である。

彼らは中世において地中海貿易で多いに活躍し、海上交易の主役であった…がこのヴェネチアだけは別格。

彼らの武器はその交易に加え、本拠地であるヴェネチア本島を囲む干潟の存在であった。

目印が無いと座礁するこの地形を上手く利用し、15世紀まではその本土を踏み荒らされる事はなかったと言う。

その後は大砲の台頭により、地理的優位性は無くなって行くのだが…

オスマン帝国に徐々にその制海権を奪われ、17世紀以降にはその覇権も縮小する。

そしてついに1797年、ナポレオンにより隷属させられる事になる。

◆フィレンツェ

Florence、花の女神フローラに語源を持つ由緒ある都市。

特産物は大理石。ジェノヴァに次ぐ第三のイタリア半島交易都市。

諸イタリア都市同様、自由中世コムーネとして栄えた。

14世紀にはフィレンツェ共和国となる。

元々は内陸の土地であり、毛織物や金融業などで経済力を養い、領土を拡張して行く。

金融業の元締めとして活躍したメディチ家が有名。

ミラノ共和国との戦いで獲得した、初の外海に通じる地ピサは斜塔で有名。この斜塔は1172年から実に300年と言う長い期間をかけ建設されている。

(建設後数年で傾き始めたためその修正に手間取った)

15世紀にはルネサンスの中心地として華々しい発展を遂げる。

また、m2twでも出てくるフロリンはこのフィレンツェ発祥、全欧州で流通していた一種であったと言う。

◆ローマ

Rome、地中海そしてイタリア半島のど真ん中、教皇様のおわす所。

特産物は何もなし。しかし交易額は最強クラス。

エルサレムと同じく神聖ローマ、ビザンティンではクリア目標になる。

エルサレムと違い、交易も盛んで破門を気にせずに早々に確保してしまえば後に大きな収益源となる都市。

地中海の相当立地の良い場所なので、特産物が無くとも問題ない。

教皇は代替わりする時枢機卿団の中から選出されるが、選ばれた枢機卿はたとえ地の果てにいたとしてもローマ(領)までワープしてくる。

教皇様が見当たらない時は潜伏可能な地形を探してみよう、きっとどこかにいるはず。

「首都からの距離」で治安は悪化するが、ここローマを首都にした場合、治安悪化をかなり抑えられる。

こだわりが無ければローマもしくはその近辺を首都にするのがいいだろう…

その分、特産物に商人を配置した時の利も減るが、ティンブクトゥや聖地近辺、新世界の金等はそれでも十分な利益になる。

◆ナポリ

Napoli、シチリアの初期領土。

特産物は羊毛と穀物。完全に海上交易向けの立地である、バルカン半島やアフリカ大陸へいくにも便利。

「ナポリを見てから死ね」の下りは有名なほど、風光明媚。

シチリア王国→ナポリ公国→神聖ローマ帝国と中世には統治者が移り変わる。

中世後期には分割されたシチリア王国として迷惑を蒙った。フランスやらアラゴン王国も介入し、カオスな様相。

食べ物も美味しく、ナポリピッツァや魚介類の料理が有名。

イタリアと言えばまずこの都市であろう。

勿論聖堂などの歴史的遺物も多い。

ヴェスヴィオ火山はこの領域にあり、B.C.79頃にはポンペイを灰の下にしている。

噴火した為使われなくなった火山鉄道のCMソング「フニクリ・フニクラ」でも有名。

テヴェレ川

ローマを貫通して流れる川。

イタリア半島を縦断するアペニン山脈から流れ出る。

フィレンツェからローマに進軍する際にはこの川の渡渉地点が天然の要害になる為、船を使って海から攻めるのもいいだろう。

ポー川

イタリア半島付け根を西から東に流れる川。

最下流にはヴェニスがある。

このポー川流域の北イタリア平原地帯が俗に「ロンバルディア」と呼ばれる地域で、

流域にはトリノやピアチェンツァといった名だたる都市が並び、

また流域ではないが比較的近くにミラノも位置する。

フランスにも同名の川がある。

アルプス山脈

イタリア半島を外界から隔てる山脈。

これに守られるようにしてミラノ・ジェノヴァ・ヴェニスは存在し、その都市相互防衛によりこの辺りはかなり攻めるに難しい。

有名なモンブラン(4811m)や鬼の様な形状のマッターホルン、ユングフラウの峰々があり、ヨーロッパでも屈指の険しさを誇る。

因みにアルプスの少女ハイジの時代は19世紀、おんじはパイクを持って傭兵をしていたわけではなさそう。

ロンバルディア平原

中欧

シュヴァルツヴァルト

フランクフルト-メス間にある、「黒い森」と呼ばれる地域。

モミの樹などの葉の密度が高い樹が多く、その為森全体が黒く見える為この名が付いた。

中世ではフランスと神聖ローマ帝国のボーダーラインに位置していた。

シュヴァーベン

ちょうどライン川東岸のシュタウフェンの領域。スウェビ族の土地という意味。

シュヴァルツヴァルトが広がる一帯でもある。

中世にはシュヴァーベン公爵領、バーデン公爵領、ヴュルテンベルク伯爵領などがあった。

ドイツの中でも文化の独自色が強く、シュヴァーベン方言は標準ドイツ語と結構な差があるという。

フリードリヒ1世、フリードリヒ2世を輩出したホーエンシュタウフェン家、後にプロイセン王家となるホーエンツォレルン家はこの地域出身である。

ライン川

ベルン北西から流れだし、シュタウフェン-フランクフルトそばを通りロッテルダム付近で北海へ流れ出す長大な蛇行した川。

分岐がかなり激しく、シュタウフェン-メス-ベルンの境界線にもなっている。~、
当時は水運盛んな貿易の大動脈であったが、m2twではその辺りは余り反映されていない。

通行税なんかも取りたてられていたようである。

ニーデルザクセン

ハンブルクの西、フランクフルトの北一帯。

ニーダーザクセン・低地ザクセンとも。

荒地や森、沼沢が広がる地域で、沿岸部以外はイマイチな地域。

南東のハルツ山地にある鉱山が収入の助けになるくらいか。

◆フランクフルト

Frankfurt、神聖ローマ帝国の初期首都。であるが、この上なく影が薄い。

位置を覚えにくい拠点の一つ…ハンブルグの南、ブリュージュの東と覚えよう。

石炭しか特産物がないが、相手が多いので貿易はそこそこ。

オーダー川沿いの同名の都市と区別するためフランクフルト・アム・マイン(マイン川沿いのフランクフルト)とも呼称される。

中世のかなり早い時期から重要都市として存在していた。帝国自由都市。

歴代皇帝の選挙が行われてきた街であり、16世紀からは戴冠式も行われた。神聖ローマ帝国崩壊後はドイツ連邦の国民議会の開催地でもある。

現在ではドイツのみならずヨーロッパを代表する都市であり、一大金融センターとなっている。

◆ニュルンベルク

Nuremburg、神聖ローマ帝国の都市の一つ。やはり影が薄い…。

フランクフルトとプラハの中間地点、インスブルックの北にある。

鉄・スズ・ワイン・材木と、高価値では無いものの資源が豊富。

バイエルン・フランケン・ベーメン・ザクセンの境界に位置し、交易の要衝であった。歴代皇帝もニュルンベルクに滞在することを好んだ。

後にプロイセン王家となるホーエンツォレルン家は中世の間ニュルンベルク城伯であったが、中世後期にはニュルンベルク市との抗争が行われる。

リヒャルト・ヴァグナーの楽劇ニュルンベルクのマイスタージンガーの舞台となったことで有名であり、楽劇は史実に基づいたものである。

しかし、三十年戦争の際は壊滅的な被害を被る。その後重要都市として復興を遂げる。

ナチスが大規模な党大会を行ったことでも知られるが、第二次世界大戦で再び壊滅的な被害を被った。

◆ハンブルク

Hamburg、ハンザ同盟の重要都市として有名なドイツの都市。なのだが、m2twでは城。

特産物に銀がある、商人を配置しよう。

城で育てるもよし、都市に転換するもよし。周辺地域の安定度合いに応じて。

古くからエルベ川河口の港湾都市として栄えた。リューベックと並んでハンザ同盟の裕福な中心的都市であった。

ドイツの政体が変遷する中、ハンブルクは一貫して独立した都市であり、現在でも「自由ハンザ都市ハンブルク」という行政単位である。

何故か聖遺物「聖なる包皮」の入手機会が設定されている拠点である。

(ボルドーでも入手可能)

◆プラハ

窓から人を投げるのが好きな人が住む街。

まぁそう言ってしまうと身も蓋もないのだが…

1419年、1617年、そして1948年と3回に渡り、政府要人が窓から投げ捨てられ殺害されると言う歴史的事件が発生(プラハ窓外投擲事件)している為こんなイメージなのである。

主に反体制派の仕業として語られるが、3度とも真相は闇の中。

ただ窓から投げ捨てられた被害者がいる事は明らかになっている(1617年の被害者は、藁敷きの為一命を取り留めた)。

Prague、プラーグとも呼ばれる。プラハはチェコスロバキア語の読み。黒死病(Plague、疫病一般も指す)とはスペルが違う。

スラヴ民族の集落を始祖とする歴史の古い街であり、9世紀には城が置かれている。

しかし13世紀までは国境の戦乱に巻き込まれ、荒廃が続いていた。

14世紀半ば、神聖ローマの首都が置かれカレル大学などが建設されると都市開発に弾みが付き、黄金時代を迎える(俗に「黄金のプラハ」と呼ばれる)。

中世後期では錬金術や芸術など、文化の中心地として大いに栄えた。

プラハ自体の特産物は石炭、スズ、材木と貧弱で海にも面していないが、周辺都市の高価値特産物の恩恵を受け、発展させればそこそこ収入の助けになる。

◆ウィーン

Vienna、ヴィエナやヴィェンヌとも。
特産物として銀鉱山が二つあるのが特徴、首都との距離関係であまり利益がでない事がしばしばだが…

バルト海-イタリア半島、イスラム-ヨーロッパと東西・南北の交易の交差路であり、史実ではより多くの貿易利益をたたき出していた場所。

当然文化の交流地にもなり、ゲルマン系、マジャール人、スラブ、ラテンなど多種多様の人種が入り乱れるとしであった。

オスマン帝国の隆盛時(14世紀〜)にはその支配を逃れ、帝国の入り口として機能した。

その後、ハプスブルク家の台頭と共に、神聖ローマ帝国の帝都として更に発展を遂げる。

地理的に最も恵まれた都市の一つであり、18世紀には文化レベルの高まりに伴い「音学の都ウィーン」の名で呼ばれる。

その後も発展を続けるウィーンは20世紀初頭にその絶頂期を迎える。

イベリア半島

スペイン・ポルトガル・ムーアの三国が割拠する欧州最西部の半島。

かなり山や川が多く、視界や移動が制限される地形が多い。また、近隣の貿易相手に乏しいため北海沿岸やイタリア半島の拠点に比べ収入が貧弱。

新世界に行くならば南アメリカ・北アメリカ共に短い距離で行けるので便利。

◆パンプロナ

Pamplona、バスク語ではイルーナとも。ポルトガル初期領土の飛び地。

かつてはナバラ王国(824〜1624年)の首都であった。

大理石と羊毛が特産物。

中世以前のパンプロナはフランク王朝とウマイヤ王朝の狭間にあり、恒久的な支配をどちらからも受ける事はなく、そこにはただ要塞が置かれていただけであった。

ヴァスコン人と言う(バスク人の始祖?)がおおよそ支配権を持っていた。

16世紀まではナバラ王国の首都として、城塞都市の形で発展した。

カスティーリャ王国に併合されるのは1512年。彼らのナバラ軍事侵攻がきっかけとなる。

◆サラゴサ

Zaragoza、初期は反乱拠点。

特産物に鉄を持つ。イベリア半島の中では収入が期待できる都市。

11世紀まではウマイヤ朝の支配下に置かれていたが、ウマイヤ朝崩壊を受け独立。

サラゴサ王国として諸タイファの一つとなるが短命で、1110年には後ウマイヤ朝(ムーア)、11→8年にはアラゴン王国(スペイン)に支配される。

以降は1591年までずっとアラゴン王国の首都として栄える。

中世においてはイスラムとカトリックの支配に二転三転すしたイベリア半島の都市でも、比較的カトリックの影響が強かった地域である。

◆バレンシア

Valencia、パエリアやオレンジで有名な都市だが…特産物は一つも無い。

ちなみにバレンシアオレンジはここ産では無くカリフォルニア産である…

勿論、ここの乾燥した気候はオレンジの生産にも適しているのだが。

パエリアは中世からある料理の一つ、大元はイベリア半島に住んでいたムスリムの料理だとか。

地中海に面しているが、その収入はアフリカ沿岸都市並に貧弱。

穏やかな気候で保養地には最適なのだが…

イスラムに支配されていたバレンシアは、1094年にカトリック教徒の手により奪回される。

かの有名なエル・シッドの功績である。

しかし彼の死後、再びバレンシアはムラービト朝ムーアに支配され、その後1238年までイスラム支配の元発展する。

1238年にはアラゴン王国の手に落ちるが、名目上バレンシア王国として独立する(それでもアラゴン王国の一部、としてであったが)

◆レオン

Leon、カスティーリャ王国(スペイン)の首都。

石炭と羊毛が特産物で、守りに適した地形。

イベリア半島の都市は余り収入が伸び無い拠点ばかりなので最初は苦労するだろうが…

その中でも比較的マシな部類。

古代ローマ時代から築かれていた城壁は長い間ムスリム支配を寄せ付けず、ほぼすべての時代に渡りここはカトリックの支配地であった。

914年、カスティーリャ・レオン王国(スペイン(の首都として定められた後は、長い中世の間その威厳を保った。

畜産業で主に栄えたこの都市は、カトリック三大聖地の一つ「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」への巡礼の一大拠点となる。

(イベリア半島最北西部にある、聖ヤコブの遺骸が安置されている場所)

レオンはサンティアゴ騎士団の本拠地でもあり(本当は別の場所にも発祥の地は有るのだが)

彼らは聖地エルサレムへ巡礼する者たちを庇護するホスピタル騎士団などの様に

サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼者の支援を行った。

古代ローマ時代には大砂金鉱の「ラス・メドゥラス」があり、アホみたいに砂金が取れていたらしいが

中世においては全く金は産出しない。

古代ローマの技術力の衰退と共に金を取る方法も失われてしまった為である。

無論、砂金を採りつくしたと言う原因もあるが…

現在でもラス・メドゥラスは観光地として、削り取られた異様な外観で人々の目を楽しませている。

◆トレド

Toledo、イベリア半島ど真ん中に位置する拠点。初期からスペインの領土で城である。

タホ川上流に位置し、南は川によって守られている為侵入不可能。

その為守りは硬いが援軍を送りにくいと言うデメリットも。

コルドバ・グラナダには直線距離で近いが、タホ川の存在が遠回りを強いる。

特産物は鉄。

トレド王国として、ウマイヤ朝の支配を逃れたあとは発展していたが、1085年カスティーリャ・レオン王国の支配下に入る。

しかし、イスラムとカトリックのボーダーに位置するこの都市は文化の融和地点として両勢力の協力で文化を発展させる。

中世においてはムスリムやカトリック教徒が協力して、古代文献を翻訳したり…

中世後期においては著名な芸術家、エル・グレコが活躍する。

武器の生産でも有名で、トレド製の鉄製武具は当時の兵士の装備として上等な物であった。

スペインやポルトガルの丸盾剣士はここの剣を装備しているらしい。

◆リスボン

Lisbon、Lisboa(リシュボア:葡)とも。ポルトガルの首都。

大理石とスズが特産物、イベリア半島の中ではかなりの利益を出す。

大航海時代には多いに栄えるのだが、当時はまだイベリア半島沿岸の一都市としてしか機能はしない。

無論、新世界挑戦がアンロックされた後は良い出発点になるのだが。

その歴史はイベリア半島の中でもかなり古く、古代ローマ史以前からの人の居住が見られる。

711年、イスラムの手に落ちたリスボンであったが、イスラムの領主は比較的寛容で、人頭税を払えばカトリック教徒やユダヤ教徒の信仰を許すばかりか、兵役の免除なども許した。

1108年、シグル王率いるノルウェー十字軍に道すがら略奪されカトリックの手に一旦落ちるが、1111年にはムラービト朝ムーアに再征服される。

1147年にはアフォンソ1世率いるレコンキスタ軍に陥落させられ、以後は長くカトリック教徒の支配を受ける。

フランス貴族出身の彼が独立し、最初のポルトガル王国の王となるが、実際その独立宣言を行ったのはこの征服から数年前。

が、ポルトガル王国が領土を獲得し国家としての形態を固めたのはこのリスボン征服がいい契機であろう。

その後もイスラムとの戦いは続き、戦火にさらされる事は絶えなかったが、港湾都市として順調に発展する。

15世紀末には喜望峰を回り、インドに到達したヴァスコ・ダ・ガマが出港した。

16世紀以降、ヨーロッパの貿易の舞台が地中海や北海・バルト海から大西洋に移行し大航海時代が始まるとその黄金期を迎える。

胡椒や金、奴隷などの高価値な物資が港には溢れた。

◆コルドバ

Cordoba、ムーアの首都。

特産物に高価値な砂糖と低価値な石炭。イベリア半島の中ではもっとも収入が期待できる都市。

意外に領土が広く、東はバレンシア南の地中海沿岸部まで広がる。

迂闊に侵入してしまってムーアとの友好度を下げる事もしばしば。

アンダルシア平原・グアナディア川流域に位置する都市であり、周囲は山々に囲まれ見通しが悪い。

北には東西に連なるモレーナ山脈、更に北にはグアナディア川が流れ、トレドからの距離を遠くしている。

モレーナ山脈711年にはムーアに支配され、756年には後ウマイヤ朝の首都が置かれる。

その後は1236年にカスティーリャ王国に征服されるまで、西方イスラムの最大の都市であり続け、文化の発展具合はヨーロッパ全体で見ても随一な程であった。

◆グラナダ

Granada、ムーアの二つ有るイベリア半島領の一つであり初期は木の城郭。

特産物が何も無い。

地中海に近く、コルドバとの距離も近いが、その周囲の地形の険しさから相互連携がやや取りづらい。

早めに発展させて兵の供給地点として育てるか、いっそ都市にして収入源にしよう。

古くからイベリア半島の土着民族が住まっていたこの都市は、711年にムスリムに支配されウマイヤ朝・後ウマイヤ朝とイスラムの歴史を辿る。

1013年にはズィール朝ムーアの支配下となり、グラナダ王国が建設される。

その後、ムラービト朝・ムワッヒド朝と支配者は変わるものムスリムの支配が続いた。

15世紀末、カスティーリャ王国とアラゴン王国が連合を結び、一致団結してレコンキスタに一層の力を注ぎ始めるまで長い間、この都市はムスリムにとってイベリア半島の最後の砦となり続けた。

また、このムスリム支配の間に建設された城塞型宮殿「アル・ハンブラ」は後世に残る建築として非常に有名。

タホ川(テージョ川)

イベリア半島ど真ん中を西から東に流れる川。

沿岸にトレド・リスボンがある。

テージョ川はリスボン領辺りに入ってからの名称、綴りもちょっとだけ異なる。

ドゥエロ川

イベリア半島の北部を西に流れ、大西洋に注ぐ川。

上流域に拠点レオンがある。

アラゴン川

ピレネー山脈と並走する様に、イベリア半島付け根を南東に走る川。

パンプロナ・サラゴサに接近する。

グアナディア川

アンダルシア地方を流れる川、古代ルシタニア部族が流域に居住していた。

テホ川と近しい水源であり、こちらは途中で南下し大西洋に注ぐ。

グアダルキビール川

アンダルシア地方にあり、グアナディア川の南を並走する川。

流域にコルドバ・グラナダがある。

ピレネー山脈

イベリア半島北東の山脈。

東西の交通の障害になっており、歴史的にもしばしば防壁の役割を果たした。

パンプロナ-サラゴサの境界にもなっている北西の交通路はイパニェタ(仏:ロンスヴォー)峠。

現在アンドラ公国がある南東の峠はマドリウ=ペラフィタ=クラロ渓谷と言う名。

ナバラやカタルーニャ等、欧州でも屈指の様々な文化が混在した地域でもある。

コル・シエラ・カンタブリカ山脈

カンタブリア山脈とも呼ばれる。

イベリアのカンタブリア地方に存在する山脈。

拠点レオンはこの山脈に守られて天然の要害。

シエラ・デ・グアダラマ山脈

グアダラマ山脈とも。

イベリア半島ど真ん中を東西に縦断する。

両端でいろいろ分岐している部分は引っ括めてカルペタノス山脈と呼ばれる。

イベリアの自然が詰まった場所。

スペイン領とムーア領を隔てている要因の一つでもある。

シエラ・モレーナ山脈

モレーナ山脈とも。

グラナダ・コルドバの北にある障壁。

イベリア高原

メセタとも呼ばれる、トレド東に広がる見通しの良い地帯。

ここ以外はイベリア半島はろくに見通しが効かない…

が、見通しが効かないだけで交通のルートを完全に妨げてしまうような山などは意外と少ないのがイベリア半島の特徴。

アンダルシア平原

コルドバ・グラナダ間に広がる狭い平原地帯。

アンダルシアの名前の由来は、ゲルマン系民族「ヴァンダル族」の支配を受けた事に由来する。

新世界のスペイン植民地の人々の話すスペイン語はアンダルシア訛りがあると言われる。

これは大航海時代アンダルシアからの出港が盛んだったため、スペインでは標準的なカスティーリャ語を話す人より、アンダルシアの方言を話す人が多くの新世界に渡ったからだと言う。

因みにアンダルシア方言とはアラビア語が混ざったカスティーリャ語と言えば大凡正しい。

言うまでもなくイスラム勢の支配が原因である。

語感が似ている「アンブロシア(ambrosia)」は地名ではなく「神々の食べ物」と言う名詞。

ギリシア神話に登場する。アキレスが体中に塗りたくられて無敵になった。

(不死の力を得られる河に浸されて無敵になった、と言う説もあるが)

ガロンヌ川

ピレネー山脈から北に流れ、トゥールーズ・ボルドーそばを流れ大西洋に出る。

下流はブドウ産地として有名。

ビスケー湾

イベリア半島北部の海、ボルドーやレンヌの港がある。

スペイン・ポルトガルが軍船でよく侵攻してくる。

ジブラルタル海峡

イベリア半島とアフリカ大陸の間の海峡、地中海から大西洋に出る唯一の道。

軍船がなくても渡ることが出来る。

緑色の矢印の上に軍船を置いておけば他国の軍隊・工作員は渡れなくなる(いわゆる海上封鎖)。

北欧

◆ヘルシンキ

Helsinki、現在ではフィンランドの首都。

北欧を代表する都市、m2twでは大部分が省かれてしまっているが…

特産物は毛皮の他、魚に木材、染料と狭い領土の割に盛りだくさん。

商人育成の場としても活用しやすい。

初期は城なので、さっさと町に転換してバルト海貿易に参加させよう。

貿易相手都市との貿易量も増え、相互効果が出る。

史実では、16世紀に至るまで実は存在していなかった。バルト海貿易のハンザ同盟に対抗する目的でカルマル同盟側が建設した都市がその興りである。

実際はその建設に困難を極めた。戦争や自然災害に邪魔され、大きく発展を遂げるのは18世紀とかなり後。

因みにこの周辺のあまり馴染みの無い響きの言葉(ヘルシンキやサーレマー、ペイプシなど)はフィンランド語と言われる言葉である(フイン語・スオミ語とも)。

サウナ何かもフィンランド語。

北欧の都市らしく、寒い。

また冬には港が凍りつき船が出せなくなる。

ヘルシンキは別名「バルト海の乙女」とも言われる。

バルト海

北海の更に奥、ストックホルムやオーフス、シュテッチン、ノヴゴロド等で囲まれた海域。

比較的狭いので軍船の行き違いが起こりやすい。

北海や地中海程ではないが、琥珀や毛皮の取引により沿岸拠点は貿易が盛ん。

リガ北部の湾はリガ湾、ヘルシンキ南部の湾はフィンランド湾がある。

スカンジナビア半島

オスロ・ストックホルムがある半島。m2twでは先端しか使われない。

森林地帯が殆どで、兵の埋伏がし易い。

ヴェッテルン湖(東)・ヴェーネルン/ベーネル湖(西)がある。

琥珀や毛皮の産地であり、首都の距離によっては商人配置の恩恵が大きい。

北海・バルト海に囲まれ、貿易も盛ん。

◆ストックホルム

Stockholm、m2tw最大の貿易都市。

スカンジナビア半島の東部先端にあり、バルト海面する。

琥珀・鉄・銀・毛皮・材木と特産物が選り取り見取り。

拠点の1マス南にはレア高価値特産物の虜囚もある、Ctrl+Tで都市ラベルを隠して見ると判りやすい。特産物は何と合計9か所、独占できない!

更に周辺都市とのバルト海貿易で、条件さえ揃えば10000フロリン越えの収入を叩き出すモンスター交易都市。

間違いなく収入ランキングでは1位。

初期においては反乱都市なので、他国との争奪戦が繰り広げられる。

どの勢力でも少し距離が遠く、攻めづらい…が、遠征費用を出して奪取しに行く価値は充分ある都市。

周辺都市との貿易路が確立されれば収入がぐんと増えるので、速やかに周辺も支配するか、相互貿易条約を結ぼう。

史実においても「水の都」、「北欧のヴェネチア」と称された都市。

その始まりは13世紀と意外に遅く、最初は軍事拠点として砦が置かれたのが始まりであった。

「丸太の小島」と言う名のストックホルムは、ここに由来する。

(ストックホルムは、スタツホルメン島と言う小島が発展の始まり)

ハンザ同盟都市との交易で14世紀にはデンマーク王国の重要な都市として機能、1523年にはデンマークからの独立としてスウェーデン王国の首都となる。

◆オスロ

Oslo、スカンジナビア半島第二の都市。

銀と虜囚が無い以外はストックホルムと同じ特産物。

ストックホルムには及ばないが、世界有数の貿易都市になるポテンシャルを持つ。

ここを陥とせばストックホルムに送る兵力を確保しやすい。

クリスチャニアと言う別称が存在し、オスロと言う名称に統一されたのは1924年の事。

オスロとは古ノルド語であるが、語源ははっきりしない。クリスチャニアはデンマーク・ノルウェー王であったクリスチャン4世が17世紀に付けた名前。

よって、m2twの時代ですは「オスロ」が正しいか。

オスロフィヨルドと呼ばれる天然の良港となる地形を有してはいたが、その気候は厳しく、文明がある程度発展するまでは僻地の一地域としてしか存在していなかった。

オスロがノルウェー王国の首都になったのは14世紀はじめ、ホーコン5世の治世であった。これにより国の中心地としてオスロは栄え始めるが…

デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの同君連合が解消される1814年まではその恩恵をデンマーク領のコペンハーゲンやオーフスに吸い取られ続けていた為、中世ではあまり発展しなかった。

ゴトランド島

ストックホルム南の島、侵入不可能。

Kingdomsでは拠点ヴィスビューがある。ハンザ同盟本部を建設するために獲得必須。

ちなみにゴトランド歩兵は剣鍛冶ギルドがある拠点なら(カルマル同盟以後であれば)どこででも募兵可能。

主要都市ヴィスビューは映画「魔女の宅急便」のモデルの一つになったことでも有名。

冷戦中は東西の境界にあったため自由に出入りできなかった。

北海

オスロ-インバネス-ブリュージュで囲まれる海域。

地中海に負けず劣らず交易が盛ん。

ヴァイキングやハンザ同盟などの舞台。

油田で有名だが、当時は勿論そんな物はなかった。油田開発は20世紀から。

その代わり魚がいっぱい採れる、ニシンやタラが有名。

タラ(白身魚)は英国のフィッシュアンドチップスになるが、揚げ物なのでこれも近世からの食べ物。

ハーリングと言う中世からのニシン料理がある。これはオランダ地方で生みだされたもので

冷たいニシンのマリネ(酢漬け)、生だったり焼いてから漬けたり。

一般的には焼いたり燻製にしたり、干物にしたりと現在我々が口にする魚の調理形態とあまり変わらなかったようだ。

ユトランド半島

オーフスがある半島。スカンジナビア半島にはフュン島とシュラン島を渡って徒歩で行く事が出来る。

ちなみにオーフスとストックホルムの境界線はシュラン島-スカンジナビア半島間の海峡で区切られている。

3方が海な為、北海貿易の恩恵を多大に受ける美味しい場所。

◆オーフス

Arhus、ユトランド半島にあるデンマークの首都。

現在でもデンマークの第二都市(首都はシュラン島のコペンハーゲン)。

北海貿易とバルト海貿易の両恩恵を受ける都市であり、全世界でもストックホルムに次ぐ貿易ポテンシャルを持つ拠点。

特産物は魚と琥珀。デンマークプレイ時にはここで商人に独占修行をさせつつ利益も稼がせよう。

史実でも港湾都市として発展し隆盛を誇った。

14世紀のペスト流行時には意外と死者が少なかったとか。

エルベ川

ユトランド半島の根元に流れる川、かなり省略されている。

幾つもの支流があり、かの有名なモルダウはこの川の支流である。

モルダウはプラハ南一帯のボヘミア盆地から湧き出し、プラハを南から北に通り抜け西折しエルベ川に合流する。

中世の東欧・西欧の区切りはこの川の東西である。

(異説あり)

ブリテン島

言わずと知れたイングランド・スコットランドの故郷。

北海貿易の恩恵を多大に受ける為、いずれの拠点も貿易による利益が大きい。

だが調子に乗って都市ばかりにしてしまうと、高難易度ではデンマークやスペイン・ポルトガルが攻めて来るので注意。

城一つか、騎士団修道院一つ位は建てておいた方がいいだろう。

せめて商人ギルドや騎兵が出せる陸軍学校等は置いておきたい。

ダブリンやカーナボンは北アメリカ行きにも利便性がある。

また、複数特産物がある比較的狭い地域もあり、商人に特産物を独占させて商才を上げるのにも都合が良い場所である。

◆ロンドン

London、イングランドの首都。

スズや羊毛、染料が特産物で、資源は貧弱だが交易相手都市が多いためかなりの収入源になる。

1300年からは他国でも雇える杭…もといウェールズロングボウ射手が傭兵として現れる。

その歴史は古く、紀元前から人が住んでいたと思われる物品が出土している。

古代ローマ帝国時にはロンディニウムとして征服され、帝国に属する地域であったがその衰退により半ば打ち捨てられた状態で放置される。

その後、ブリテン島に入植したアングロサクソン人と、ヴァイキングの侵入の戦いの舞台となり、中世においては採集的にノルマン人の征服する土地となる。

因みにイングランドの首都ではあるが、その権限は周辺のカンタベリーやウェストミンスターに分権されていたらしい。

◆エジンバラ

Edinburgh、スコットランドの首都。

特産物は染料のみ、ハイランダーの戦化粧のホソバタイセイだろうか…

ただ、ブリテン島拠点は例外なく北海貿易の恩恵を受け、そこそこの高収入を叩き出す。

古代ローマ帝国の支配によく抵抗し、支配はされたもののそこからの脱出も早かった。

イングランドとの対立以前に早くから国家としての形態をスコットランドは確立していた、この古代ローマ帝国からの脱却の早さが、地理的不利を取るスコットランドに加勢をした。

しかし、時代は15世紀、スコットランドはエジンバラに首都を移す事になる。

それまでの首都はパースであり、イングランドに攻められたが故の撤退であった。

因みにスコットランドはハイランドとローランドで地域が二別されるが、エジンバラはローランドに属する。

ここより北の山岳地帯をハイランドと呼ぶ。

エジンベアではない。

◆ダブリン

Dublin、アイルランド島にある唯一の拠点。

銀が一つだけ資源としてある。
強力な傭兵ギャログラスと、投槍歩兵カーンが全時代で雇用可能。

アイルランドのレンスター地方の都市であり、島の西は森が広がり見通しが効かない。

異端が潜んでしまったり、スペインやポルトガルから海軍が上陸したりするので無能な将軍が居たら見張櫓を建てさせておこう。

最初はケルト系が土着し、その後はノルマンヴァイキングやデーン人に奪われたり奪い返したり。

イングランドの支配に置かれたのは1172年の事で、これにより統治者が度々変わっていたダブリンはイングランド王国の支配下に置かれた。

その後は、一時アイルランドの支配が回復する事もあったが基本的にイングランド統治の元で発展した。

テムズ川

ロンドン南を流れる川、ノッティンガムとの境界になる。

西のウェストミンスターまでの重要な交通路であり、14~15世紀には渡し守ギルドなんてのも存在した。

ブリテン島最大の河川である。

ドーバー海峡

ブリテン島と欧州大陸間のもっとも狭まった所。

残念ながらここは徒歩で渡れないが、海上封鎖に似たような事は出来る。

イギリス海峡

ドーバー海峡以西の海域、スペイン・ポルトガルの艦隊もここまでやってくる事はあまり無い。

アイルランド島

ブリテン島の西の島、拠点ダブリンがある。

銀山がいっこあるが、首都からの距離によってはさほど利益が出なかったり。

特産物が一つなので独占系の特性も伸びない。配置するなら能力の高い商人で。

ケルト海

アイルランド島南部一帯の海域を指す、大西洋に通じる海。

通常の軍船では侵入できない遠洋エリアが多い。

アイリッシュ湾

ブリテン島とアイルランド島の間の海。

島間の行き来はここを船で渡った方が楽。

地中海および島

地中海

ジブラルタル海峡からエルサレムまでの広大な海。

黒海は含めない。

地中海沿岸は地中海気候と呼ばれ夏乾燥し冬は湿潤。

その地勢から、非常に潮流が弱く穏やかな海である。

乾燥した気候ゆえに、海の水分蒸発が激しく東側では若干塩分が濃い。その為海面の流れとしては大西洋から常に海水の流入が起こる。

相対的に、塩分の濃い(比重の重い)海水は海底を流れて大西洋に出ていくためである。

◆パレルモ

Palermo、古い名をジズ(Ziz、花の意味)。

シチリア島の拠点で城。貿易の要衝の為脅威が無ければ都市に早期転換しよう。

特産物にも砂糖や琥珀など高価値なものが沢山、他に硫黄や綿も。

中世初期から既に数十万の居住者がいたマンモス拠点、イスラム・ユダヤ・キリスト教徒の混じり合うコスモポリタン。

1091年にシチリア王国がここを手に入れる。

支配に抗する島民は反乱を起こし、支配者は中世の間転々とする。

最終的に覇権はスペインが握る事になる。

シチリア島

イタリア半島の爪先にある、拠点パレルモのある島。

島と言ってもイタリア半島からは徒歩で渡れる。

地中海のど真ん中にあり色々と海上交通の便が良い。

砂糖・琥珀・硫黄などがあり商人を配置するにも適している場所。

そのためパレルモを都市化すると莫大な交易収入が手に入る。

エトナ火山で有名、たまに噴火したりする。

中世では1169年と1338年に大噴火し、火砕流や降る石、地震などで数千人が死亡した。

3000m級の山。ギリシア神話のテュポーンが封印され、それが噴火を起こしているらしい。

メッシーナ海峡

シチリアに渡る為の3km程の幅の海峡。

現在はメッシナ海峡大橋を建造中(2013.3.23)。

南西のアフリカ大陸に近い方も、一応シチリア海峡という名がある。

こことシチリア海峡を大量の軍艦(4部隊位必要、完全なら8部隊)で海上封鎖すれば、

ビザンティンやトルコ・エジプト等の軍艦をシャットアウトできる。

マルタ島

シチリア島の南にある上陸不可能なほどの小さな島。

ロードスから追い出されたホスピタル騎士団が新たに拠点にした場所で、そこでは同騎士団はマルタ騎士団と呼ばれた。

現在では観光地であり、居住人口の倍以上の猫が住んでいる不思議な島。

サルデーニャ島

コルシカ島の南、拠点カリアリがある島。銀鉱山がある。

支配下に置いても良く海の向こうから敵がやってくるので防衛難易度が高い。

海軍で上陸される前に船ごと沈めるべし。

中世においてはコルシカ島以上に、イタリア諸都市国家やムスリム、果てはイベリア半島の勢力までが取り合いした。

中世に築かれた対アラゴンの為の見張り塔は有名。

古代から人の居住の跡が見られ、この島独特のヌラーゲと呼ばれる石造の建造物群は観光スポットとして有名。

ヨーロッパ諸地域に見られるドルメン(巨大な自然石を組み立てた建造物)がサルデーニャ島には散見される。

因みにコルシカ島とサルデーニャ島の間の10km幅程度の海峡はボニファシオ海峡と呼ばれる。

◆カリアリ

Cagliari、カリャリとも。

サルデーニャ語で「城」を意味する地名。

特産物として銀を産出する。

史実では銀以外にも、鉛などの鉱物資源が豊かだったようである。

アジャクシオ同様、ムスリム支配とジェノヴァ共和国・ピサ共和国の支配権争いに揉まれた地域。

13世紀にはアラゴン王国に支配され、その後はスペイン帝国に支配される。
アフリカに近い為、交易の要衝として非常に重要な土地であった。

城にして置くままには勿体無い拠点の一つ。

最終的には海上貿易相手都市の数から、アジャクシオを上回る。

コルシカ島

ジェノバの真南に位置する拠点アジャクシオがある島。コルス島とも。

時代は違うがかの有名なナポレオンの出身地。

MAPではちょっと山がちな島、の様に見えるがかなりその地形は険しく、2000m超えの山が沢山。

中世ではピサ共和国とジェノヴァ共和国に支配を受ける。

特に後期のジェノヴァ共和国の支配は苛烈で度々反乱が起きた。

16世紀にはサン・ピエールの乱と言う欧州でも最大級規模の反乱がジェノヴァ共和国により鎮圧されている。

◆アジャクシオ

Ajaccio、アヤッチオ(伊)とも。

コルシカ島東端にある拠点。特産物はワイン一つ。

高い収入が得られるが、初期は城タイプ。さっさと都市転換して騎士道の高い人口増加率をブーストさせる将軍を駐留させ

発展させよう。

防衛は拠点に兵力を駐留させるより、軍艦を見張りに付け海の上で撃退した方が安上がり。

中世においてはランゴバルド族と言う、イタリアでかつてランゴバルド王国を築いていた民族に支配を受けていたが、11世紀頃にイタリア都市国家であるピサ共和国に征服される。

その後はジェノヴァ共和国に徐々に支配権を奪われてゆくのだが…

マヨルカ島

バレンシアの港の東にある島、パルマ(イタリア半島のそれとは別)があるが残念ながら上陸不可能。見張り塔も建てられない。

現在は観光が盛ん、中世ではアラゴン王国(スペイン)の領土であった。

マヨネーズはこの島発祥の調味料で、名前もマヨルカに因む。

ティレニア海

パレルモ-ローマ-カリアリを結ぶ三角地帯。

風光明媚、貿易も盛ん。この辺りの制海権を握れればイタリア半島の覇権は半分握ったも同然。

リグリア海

ジェノヴァ-フィレンツェ-アジャクシオを結ぶ三角地帯。

南下してきた場合、地中海への雄飛はまずここから始まる。

アドリア海

紅の豚とかで有名な、イタリア半島北東側の奥まった海域。

イタリア半島⇔バルカン半島間のショートカットでよく横断される。

イオニア海

アドリア海を出た所、ナポリ-コリント-パレルモの三角地帯あたりの海域。

ビザンティンとイタリア国家の海戦が良く繰り広げられる。

この辺りで海の藻屑になる十字軍軍船も多発。

キプロス島

アンティオキア真西の拠点ニコシアがある島。

大理石が取れるが、あまり大理石は価値が無いので…

モンゴルがどうしても撃退出来ず、一時的に聖地を明け渡して様子を見る場合には良い拠点。

(モンゴル軍船は非常に貧弱な為、大群を船に載せて来る最中を狙えれば一網打尽の大チャンス。)

クレタ島

イラクリオンがある東西に長い島。

エーゲ海の入り口であり、十字軍航海中には良く横目で見ながら通過する。

資源は材木一つと貧弱だが、東西南北へのアクセスが良く、隣接海運貿易拠点も多い為そこそこの利益を叩き出す。

その反面、防備の難易度も高い。

ロードス島

拠点ロードスがある小さい島。

自国領にしていない状態で大量の聖職者を船から下ろすと、行き場を失ったユニットが大量に圧殺(もしくは、海に転落)してしまうので注意。

ロードスワインが特産物。歴史ではホスピタル騎士が占拠し拠点にしていたが、オスマン帝国に追い出されたそうな。

エーゲ海

黒海への入り口、コンスタンティノーブルや二カイア、テッサロニカやイラクリオンで囲まれた海域。

世界屈指の美しさだとか。

東欧

◆モスクワ

Moscow、モスコウとは英字読み。

特産物に毛皮が二つ、m2twでも随一のエリアの広さ。

領土の西から東にボルガ川が貫通している。

史実では12世紀まで小さな集落であったとか。

現在ではロシアの首都となっているが、そこに至るまでには数世紀の歴史がある。

ノヴゴロドが最初の支配者であり、その後すぐにモンゴルの来襲・略奪を受ける。

中世全期に渡り東方のモンゴルらの侵攻(タタールのくびき)に抵抗した最前線の拠点となったモスクワは

その後17世紀まで戦乱の歴史とともにある。

まあ、とは言え15世紀のリトアニア公国の増長に対しては逆に金国に支援されるなどの側面もあったのだが…

剣を互いに収めている期間もあったが、絶えず上納の要求を受け続け、モスクワはこれに屈さずにいた。

その後は1812年のナポレオン遠征まで、政治の中心として繁栄を謳歌する。

ナポレオンは焦土作戦を執り、モスクワは灰燼に帰した。

クレムリンは中世初期から、原型となる建物(砦?)があった。その後ほぼ毎世紀、改修を経て今に至る。

クレムリン前の「赤の広場」もこの時代から原型があった。これも時代と共に名前が変わり、18世紀にこの名前に落ち着いた。

ちなみな赤は共産主義を表すのでは無く「美しさ」を表現するカラーなのだとか。

また、東方正教の教会や聖堂なども多くが戦争を生き延びている。

外装などは塗り替えられたものが多いが、形状は当時のまま。

ロシアの教会は特徴的で、モスクの様な涙滴状の尖塔を持つ。

テトリスの背景何かに使われている建物は一見アラビア風だが、実はこのロシア様式の建物を描いている。

土壌はポドゾルと言う枯葉が分解しきれない栄養源に乏しい土地であり、あまり農作物は育たない。

寒いせいなので、いくら耕しても基本的に無駄なのである…

小麦などは育たず、燕麦やライ麦などの酸性土壌に強く耐寒性がある穀物が主要作物であった。

ドナウ川

ドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)に端を発し、長い長い道のりを経て黒海に注ぐ大河。

ボルガ川に次いで欧州で二番目の長さ。

シュタウフェンやや東から流れ出し、ウィーン・ブダペスト・ソフィア等の拠点が接する。

ハンガリー盆地

ハンガリー平原、プスタとも。

ブタペストの周辺に広がる大きな平野部。

実は11世紀頃はまだ森林ばかりでそこまで農地が発達していなかった。

オスマン帝国の支配を受け、木々を切り開き農地にしようとしたが、湿地帯になってしまい頻繁に洪水が起こるようになった。

その後、治水の甲斐あり広大な小麦やヒマワリ畑が広がる土地になったと言う話。

ヴィスワ川

クラクフ辺りで流れ出し、トルンの側を通り抜けバルト海に注ぐ川。

後の時代で著名なワルシャワ(現ポーランド首都もこの中流流域にある。

ボルガ川

デカい、説明不要。

ロシアを流れる欧州随一の大河。

モスクワ東に端を発し、盛大にロシアの大地を東進した後南下してカスピ海に流れ出す。

全長は堂々の4桁、3690km。平均川下り速度を10km/hとして昼夜接岸せずに下っても、川下りに半月かかる長さ。

ドン川

モスクワ南東から流れ出し、東に屈曲しながら南下、アゾフ海に注ぐ川。

流域はかつて、スキタイ人の住む地域であった。

ドニエプル川

キエフ側を流れるロシアの川、南下し黒海に注ぐ。

この流域でコサックは栄えた。

ドニエストル川

ドニエプル川の南西を流れる川流域にヤシがある。

東進して黒海に注ぐ。

ここから東がユーラシア・ステップとなる境界でも有る。

どのトータルウォーシリーズでも不毛な土地。

現在、沿ドニエストル共和国というどの国家にも認められていない長細い国がある。

◆ヤシ

Lasi、特産物が何もない城。黒海に港があるだけマシか…

この都市が成立したのは中世も後期になってから。時代を経てモルダヴィア地方の主要都市。ただし現在はルーマニア領。

オスマン帝国、ポーランド、ロシアの係争地となりやすく、戦火にさらされることが多かった。

クリミア半島

拠点カッファと硫黄・虜囚の特産物がある半島。

ヤルタ会談で有名な場所。

アゾフ海に面する海岸はとても浅く広い海「腐海」が広がる。

この名前の由来はその浅さにより蒸発した海水が高濃度になり、泥の匂いと混じった強烈な悪臭を放つため。

ウラル山脈

カスピ海の北を南北に縦走する山脈。

残念ながら惜しいところでMAPからは外れてしまっている。

山脈という割にはそれ程急峻では無いが、鉱物資源が沢山。

また、ここがアジアとヨーロッパを分けるボーダーの一つでも有る。

タイガ

シベリアのツンドラに至るまでの移行帯である針葉樹林。

シベリアはウラル以東一帯である為、m2twでのロシア大地の森林には当たらないのかも知れないが、意味は通じる。

もっと正確に言うなら北方林、当たりが妥当だろうか。

ステップ

乾燥した平原帯、遊牧民の天国。

かなり乾燥している為生育が抑制され30cm程度の低い草丈ばかり、川は滅多に無く起伏が殆ど無い。

m2twでロシア大地の南部一帯となっているステップはグレートステップと呼ばれるユーラシア巨大ステップの内、ポンティックステップと呼ばれる部分。

アナトリア半島やイベリア半島にも少ないがステップに属する地域は存在する。

東ヨーロッパ平原

m2twにおけるロシアの広大な大地をひっくるめてこう呼ぶ。

だいたいバルト海・黒海・ウラル山脈・カルパティア山脈で囲まれる辺り。

ここより西、ドイツ辺りの平原は北ヨーロッパ平原と呼ばれる。

バルダイ丘陵

ノヴゴロドとモスクワの間に広がる丘陵地帯。

と言っても全然高度はなく、精々高いところで海抜300mくらい。

丘陵を流れる河を使った東ローマ帝国との貿易が多いに賑わった。

中央ロシア高地

スモレンスク南の一帯。

割りと起伏が激しく、戦術MAPでは通行不可能な崖が現れる事もある。

戦略MAPでは見通しは良いのだが…

実際のところ、峡谷が多く険しい地形らしい。

ドニプロ高地

キエフ周辺。

比較的起伏は少ないが、川の流域は深く刻まれ谷になっているため渡渉が困難。

鉄や石炭など、鉱業資源に恵まれる。

ポリーシャ

スモレンスク-モスクワ間に広がる湿地や森林が広がる広大な土地。

スラブ人の発祥の地。

ここの風上にはチェルノブイリ原子力発電所がある。

現在は、その大部分が居住不可地域になっている。

カスピ海沿岸低地

その名の通りカスピ海の沿岸。

北西側に特に多く、m2twMAPにも現れている。

海抜が低いので有名。

何故海抜が低いのか、それは簡単に言うと、昔は外界と繋がっていたカスピ海が地殻変動により孤立し

カスピ海が干上がって海抜0m以下の浅瀬の部分が陸地として出てきたからである。

と、一般的には言われる。

西側は比較的豊かな土地だが、東側は不毛の地らしい。

10世紀頃からは既に石油の採掘がこの地では有ったとか。

全インド・ヨーロッパ語族の発祥の地と比定されている。

また、騎乗馬の原種ブルジェワリスキーウマの原生地で、騎乗発祥の土地。

◆キエフ

Kiev、古くはスラヴ人が歴史に現れる時代からルーシの中心都市であり、首都であった。

しかし、有能な統治者に恵まれず、中世中期にはハリチ(ハールィチ)などの諸都市に政治的役割を奪われていく。

モンゴル襲来により、決定的に破壊され、キエフはその地位を喪失した。

その後、ポーランド=リトアニアの一地方になり、ロシアの手に渡る。コサックの主要な都市とはなったものの、独立的な地位を回復するには至らない。

ロシア革命に伴いウクライナは独立を目指すも、ソヴェート・ロシアに支配される。ウクライナが独立を果たすのは、冷戦を終えての事だった。

特産物に硫黄と奴隷。かなり異色な産業である…

トランスオクサニア

トランスオクシアナとも。いわゆる中央アジアで今はカザフスタンがある辺り。

広大なカザフステップ(草原)が広がる。

MAPのさらに東で、モンゴルやティムールがやってくる。

コーカサス地方

カフカースなどとも呼ばれる。

黒海とカスピ海をつなぐ大コーカサス山脈で分断される辺りで、サーケル以南を北コーカサス、トビリシがある辺りを南コーカサスと呼ぶ。

世界各地域でも屈指の多文化が混在するエリアである。

ケフィア(乳発酵品)発祥の地としても有名。

クラ川

拠点トビリシから東に流れる川。

この南にある東西に走る小山脈が、小コーカサス山脈。

トビリシ北のロシアに抜ける渓谷はパンキシ渓谷と言う。

リオニ川

クラ川と同じくコーカサス山脈を源とするが、こちらは西に進み黒海に流れ出る。

大・小コーカサス山脈に挟まれたこの地方は、特に北からのロシア由来の寒気を山脈が遮る為比較的温暖湿潤。

世界最古のワインと言われるグルジアワインはこの辺りが産地。

カスピ海

サーケルの東部にちょこっとだけ顔を出している海、実際は黒海と同じくらいの大きさ。

残念ながら船を浮かべる事は出来ない。

バルカン半島

だいたい西はザグレブから北はブカレスト、東はコンスタンティノーブル南はコリント手前までの部分を指す。

バルカン(Vulcan)砲とは関係ないらしい、こちらはローマ神話の火の神Vulcanusが由来。

バルカン半島はBalkan peninsula。
ソフィア南西の山脈はバルカン山脈と呼ばれ、ブランはカルパティア山地に守られる天然の要害。

カルパティア山地の麓には色々と有名なトランシルヴァニア地方が広がる。

コリント北の山脈はピンドゥス山脈、アドリア海に並行する山脈はディナール山脈と呼ばれる。

非常に険しい地形が多く、特産物と言える物がザグレブの金山とコンスタンティノーブルの絹織物しか無い。

◆ザグレブ

Zagreb、ヨーロッパで唯一金山が特産物として設定されている拠点。

実際は神聖ローマ帝国領に金山はいくつかあったのだが、省略されている。

ヨーロッパで産出される貴金属としては金より銀の方が多い。その為貨幣としても発行枚数は

銀貨の方が圧倒的であったようである。

ザグレブは11世紀に始めて登場した比較的歴史の新しい都市であり、ディナールアルプス山脈の豊かな鉱物資源や、中央ヨーロッパ・アドリア海の貿易中継地点として一定の繁栄を見せていた。

13世紀頃には城塞都市の様式であった。

中世においてそれほど有名な都市ではないが、カトリック系の教会など一定の建築は残っている。

ジンジャーブレッドと言うケーキが有名(イギリスでも多く食されるが)

特産物は金の他、鉄も複数箇所出る。

首都からの距離が近いケースが多く、金でも比較的利益が出にくい場合も多いが、鉱山を発達させればかなり費用対効果が大きい。

鉱山の設置を最優先で行おう。

ペロポネソス半島

コリントのある半島、バルカン半島からは切り離して扱われる。

非常に急峻な地形で、農業・畜産業の営みは少ない。

東のエーゲ海にはサロニカ諸島、西のイオニア海にはイオニア諸島がある。

◆テッサロニカ

Thessalonica。テッサロニキまたは単にサロニカとも。

古代ローマから栄えたら都市。付近に材木と硫黄、南のコリントとの国境付近に大理石。

「サロニカの勝利」を意味する、東ローマ帝国時代はコンスタンティノープルと並び栄えていた都市。

コンスタンティノープルに次ぐ東ローマ帝国第二の都市、14世紀には10万人を超えたとか。

東ローマ帝国崩壊後は、テッサロニカ帝国と言う地方政権の中心地となる。

16世紀にはオスマン帝国の支配下になる。

エーゲ海を望むこの都市は、冬は暖かく夏は暑い。

日本の関東沿岸部に比べちょっと乾燥している、程度のよく似た気候。

因みに昔この辺りにあったマケドニア王国(紀元前9世紀〜紀元前2世紀)にもテッサロニカ王妃と言う有名な人物が居た。

地名とは余り関係無いと思われる。

ワラキア盆地

ブカレストがあり、後のワラキア王国(14世紀〜)の建国の地でもある。

後のルーマニアになる国だが、オスマン帝国の支配を受けたり何だりで結構恵まれた歴史では無い。

「串刺し公」として名高いヴラド・ツェペシュはここの領主であり、オスマン帝国との戦いで活躍した。

コリンティアコス湾

バルカン半島の先端、コリントを他の地域と隔てるごく狭く長い入江。

テッサロニカからコリントに至る狭溢部は、コリントス地峡と呼ばれる。

黒海

アナトリア半島北の内陸海。

東欧から中東へのショートカットコースとしてよく使われる。

マルマラ海

コンスタンティノーブルとニカイアの間の海。

色々と密度が高いので通過が面倒。

ボスポラス海峡

マルマラ海の北側の海峡、小アジアへの入り口その1。

ここを渡ってニカイアに行こうとすると地形上少し迂回をしないといけないので、船で渡った方が楽だったりする。

ダーダネルス海峡

マルマラ海南側の海峡、小アジアへの入り口その2。

ニカイアまたはスミュルナへの陸上ルートになる。

ボスポラス海峡と合わせて色々な理由で海上封鎖されやすい場所。

アゾフ海

黒海の北部、湾になっている場所。

カッファからサーケルに船でショートカット可能。

◆コンスタンティノーブル

Constantinople、ビザンティン帝国の開始時の首都。

イスラム諸国やイタリア、ロシアなどではクリア目標となる。

ギリシアの古典時代にメガラの植民市として建設され、伝説の王ビュザスにちなみビュザンティオンと呼ばれる。

ローマの支配下ではラテン語風にビュザンティウム、

4世紀にコンスタンティヌス帝が宮廷を定めてからは彼にちなみコンスタンティノポリスと呼称が変化。

最終的にオスマン帝国により占領、言うまでもなく今日のイスタンブルである。

アジアとヨーロッパの交錯路に位置するという地理的な条件から帝政ローマ以降目覚しい発展を遂げ、

国際交易都市として中世を通じ比類ない繁栄を謳歌した。

見方によっては欧州の中世という時代は

コンスタンティノープルの隆盛と衰亡の期間と一致しているといえるかもしれない。

開始時点ですでに大都市であり、ゲーム序盤では全拠点中間違いなく最大。

加えて絹や染料などの利益の大きい貿易品(他にも穀物がある)、周辺領地との交易により

最初からかなりの収入が見込める。

「聖なる槍」「コンスタンティヌスの馬勒」「聖骸布」を、制圧時に低確率で得られる。

アナトリア半島

小アジアの名でお馴染み、黒海・エーゲ海・地中海に囲まれる地域。

高地で構成され、非常に見通しが悪く移動の便が悪い。船を使った移動が推奨される。

地形によっては行き止まりもあり注意が必要。よくモンゴルやティムールとの戦場になる。

二カイアには絹織物、トレビゾンドには銀鉱山、聖地近くには香辛料や砂糖などのそこそこ美味しい特産物がある。

◆ニカイア

Nicaea。ニケ・ニケアなど。コンスタンティノープル対岸の都市。

こちらにも絹織物があり、最高クラスの貿易収入を叩き出す都市になる。

イスラム特有の聖遺物「ムハンマドの旗」が入手可能。

古くから栄えていた都市であり、1077年にはセルジューク朝トルコ、1097年には十字軍のニカイア攻囲により支配が移り変わる。

13世紀初頭の第四回十字軍によるコンスタンティノープル陥落後は、凋落した東ローマ帝国(ビザンティン)の拠り所、ニカイア帝国の首都となるが

1331年にはオスマン帝国の支配下に置かれる。

その後はイズニクと言う地名で呼ばれる様になる。

◆イコニウム

Iconium、イコニオンとも。現在はコンヤ(コニャ)と呼ばれる。

アナトリア半島中部に位置する都市。特産物に硫黄と羊毛。

聖遺物「黒き石の破片」がイスラム勢力を使用していると入手機会がある。

パウロが布教に訪れた事で有名、1076年までは東ローマ帝国の領有であったが、セルジューク朝トルコに奪われる。

その後は十字軍に一時的に領土を明け渡すがその後は大凡ムスリム支配が続いた。

史実ではアナトリア半島でも随一の宗教都市としての性格が強い、為か余り商業的には発展しない。

港はあるが、城にしても良いだろう。

◆カエサリア

Caesarea、カエサレアとも。現在はカイセリと呼ばれる。

名前の通り「皇帝の町」と言う意味の、東ローマ帝国時代に作られた町。

交通の便からアナトリアの商業の中心であり、多いに栄えた。

この時代からある保存食のパストラミビーフが有名。

が、m2twでは特産物は一つも無い…

周囲の見通しも悪く、守るに難しい立地。

◆エレバン

Yerevan、エレブニ・エレウンとも。

古くからアルメニア人の多い場所で、ムスリムの支配を受けている間も彼等の文化は残っていた。

ヨーロッパ・小アジア・インドの交易中継地で栄えたのも、彼等の文化が存続した理由の一つであろう。

近くにノアの箱舟伝説に登場するアララト山がある。

ワインの生産で昔から有名、と言うかワインの製法自体はここが発祥とも言われる。

ワイン生産から想像できる様に、地中海沿岸に似た気候。

m2twでの特産物は何もないが…

因みにトビリシと位置を間違えられやすいが、此方は南側。

エレバンの南にはエデッサやモスル、バグダッドなどのティグリス・ユーフラテス川流域都市が並ぶ。

◆トビリシ

Tbilisi、ティフリスとも。
特産物に虜囚が一つ。アルメニアの民か…

北のカフカス山脈でロシアの広大な大地と分断される、秘境っぽい地。

気候は意外と暖かい、カフカス山脈を越えると途端に寒くなるが。

温泉が湧き出る事で有名。古代から湯治が行われていたほど。

トビリシの「トビリ」はこの辺りの言葉で「あたたかい」と言う意味らしい、その温暖な気候か湧き出る湯か。

史実ではトルコやビザンティン、ホラズム、モンゴルと支配者がコロコロ移り変わる。

しかしそれらの支配下においても割と自治を許されていた。

この辺りでは全時代に渡り、アルメニア人の強力な傭兵が雇用できる。

ハリュス川

別名クズルウルマク川。
上流にカエサリアがあるアナトリア半島中央部から流れ出す川で、北上して黒海に注ぐ。

クズルウルマク川は「紅い川」という意味で、この川の沿岸に古代ヒッタイトは栄えた。

サカリヤ川

アナトリア半島北西部のバヤット台地から湧き出る川で、ニカイアに接近したのち北上し、黒海に流れる。

サカリヤ川沿いのショユトの民は、後にオスマン帝国の建設に尽力することとなる。

ヴァン湖

エレバンの南西にある塩湖。

アナトリア半島では最大規模の湖で、炭酸ナトリウムが豊富に溶けている為、煮詰めた水は洗剤に使えるほど。

(炭酸ナトリウム…界面活性剤の役割を果たし、布などから油汚れを剥がれ易くする)
ヴァン湖とエレバンの間には、ノアの箱舟漂着伝説で有名なアララト山がある。

アラビア・シナイ半島

聖地

キリスト、イスラム、ユダヤという3つの宗教の聖地がここに場所を同じくするため、今なお争いの絶えない地域。

アンティオキア、アレッポ、エデッサ、アクレ、ダマスカス、エルサレムの一帯を指す。

中世では特に十字軍遠征によりフランク人の植民や十字軍国家の建設、

イスラム勢力の反撃と再征服によって血で血を洗うような抗争が繰り広げられた。

その一方でリチャード獅子心王やサラディン、バイバルスといった傑出した英雄も登場し、

また十字軍の結果、ヨーロッパでは古典再復興と王権の伸張、東方貿易の拡大といった動きが見られ、

中世はまさに聖地抜きには語れないといった具合である。

エルサレムやアンティオキアは教皇が最初の十字軍の対象としてよく目標に挙げる拠点である。

またエジプトなどでも初期ジハードの対象として攻略されることも多い。

この一帯は香辛料、砂糖、綿といった貿易資源に恵まれているため、

拠点の発達や商人の配置によって莫大な利益を生み出す可能性をも秘める。

とはいえ、カトリック諸国やムーアにとっては首都までの距離によって薄利、或いは赤字経営になることもしばしば。

加えて十字軍により占領されると異なる宗教が入り乱れて異端者がわんさか沸いてくる、

モンゴル・ティムールがバグダッド経由で迫るとカオスの一言に尽きるなどそれこそ壮絶な戦いの舞台、それが聖地である。

それだけの戦いの対価に見合うものを聖地は与えてくれるのだろうか?

オーランド・ブルーム主演の映画『キングダム・オブ・ヘブン』でのラストシーンで、

サラディンは「エルサレムとはあなたにとって何だ?」という主人公バリアンの問いに対し、こう答えている。

「何でもない」と。

そして、「だが、すべてだ」とも付け加えている。

◆ガザ

Gaza、シナイ半島の北東、地中海に面する都市(城)。

特産物は何も無い。

十字軍でエルサレムを陥とした時は、こことアクレをその勢いで陥とすとぐっと盤石な態勢が築ける。

城なので治安維持も楽々。

ただしエジプトの初期領土なので開戦のリスクは避けられない。

ここやアクレを十字軍の目標にして、間接的にエルサレム攻略も良いだろう。

イスラム勢力プレイ時には聖遺物「ムハンマドの墓の土」が入手可能。

中世ではアラブ人→エルサレム王国→アイユーブ朝エジプト→マムルーク朝エジプト→オスマン帝国と支配が移り変わる。

現在ではパレスチナ自治区となり、イスラム原理主義の政党ハマスの影響下にある。

世界でもデンジャーな地域のひとつである。

◆アクレ

Acre、アッコン・アッコ・アッカなどの表記揺れが激しい。

エルサレム北にある城、特産物は何も無い。

エルサレムの衛星都市として防備機能を活かせるが、貿易収入は中途半端で都市にするかどうかは悩ましい所。

イスラム勢力でのプレイ時には拠点陥落時、「ムハンマドの髭」の入手機会がある。

史実ではアンティオキアから南下した第一回十字軍に征服され、その後はしばらくエルサレム王国の支配を受ける。

エルサレムがカトリックから奪われた後は一時的にエルサレム王国の首都にもなった(1192年)。

その後は1219年マムルーク朝エジプト、1517年にはオスマン帝国領と変遷する。

パレスチナ沿岸部の例に漏れず、東地中海貿易で中世は栄えた。

◆アレッポ

Aleppo、ハラブ(Halab)とも。アンティオキアの東に位置する城。

特産物が何も無く聖地一帯でもかなりパッとしない拠点。

内地の為貿易収入もちょっと貧弱。

モンゴルの動向などにもよるが、城のままで良いだろう。

拠点陥落時には聖遺物である「聖杯」が手に入ることがあるが、これは屈指の高効果(HP+5・信心+2・兵士の負傷からの回復確率増)。

イスラム勢力では「ムハンマドの歯」が入手できる。

古代から栄える由緒ある都市で、紀元前10世紀に建造されたと言われるアレッポの神殿は有名。

この神殿は後に改築され、堅固な城塞となる。

1138年には、歴史イベントで表示される「アレッポの大地震」に見舞われ、数十万人の住民が死亡した。

信頼に足る当時の記録が不十分な為、その詳細を知るのが難しいが…現在のように地震への防災対策も充分ではなかったであろう。

モスクの中でも取り分け巨大で歴史ある「グレート・モスク」や、大市場であるスークでも有名。

十字軍が来襲した時には、イスラム勢力の防衛拠点として活躍した。

モンゴル帝国の来襲も受けたが、これも跳ね返している。

◆ダマスカス

Damascus。ディマシュク、(アッ)シャーム、ダマスコとも。アクレ西にある内陸拠点。

ダマスカス鋼で有名。勿論武器の生産も有名。

特産物に砂糖がある。

紀元前云千年から人が住んでいたと言う、世界でも屈指の人類居住の古い歴史のある地域。

古くからの灌漑の後が残っているそうな。

中世では世界最古のモスク(715年)があったり対十字軍で発達した城壁があったり。

サラディンゆかりの地であり、彼の墓もここにある。バイバルスのも。

乾燥しているが周囲のオアシスの存在の為、驚くほど緑が多い。

南のグータと言うエリアにはエデンの園のモデルとなる、オアシスとそこから流れ出る小川がある。

十字軍の間ではこの都市のダマスカス鋼でできた武器は大変有名であった。

彼等の戦利品としてヨーロッパに持ち帰られたが、その鍛造方法までは伝わらなかった(大元はインドと言われる)。

また中国インドの絹はこの都市を通って西欧に流通することが多かった為、ダマスク織と名をつけられて流通した。

イスラムプレイ時には「ムハンマドの足跡」という聖遺物が手に入る事がある…

◆エデッサ

Edessa、エデッサ伯国建国の地としても有名。

テッサロニカのちょっと西に同名の都市がある。こちらの方が古く、名前の由来となっている。

「水の町」と言う意味だがちっとも水は無い(冬には多少の降雨があるが)。

トルコではウルファ(現在はシャンウルファ)と呼ばれる、エデッサは西欧諸国の呼び名。

紀元前一世紀頃、この地を治めていた王が始めてキリスト教に改宗を行った。

アブガル王と言う名であるが、彼を描いた絵には彼の手にキリストの顔が浮き出た布(自印聖像)がある。

これは後に東ローマ帝国の記録にも出てくる。10世紀頃に「エデッサのマンディリオン」として名が残っている。

現在はバティカンに所蔵されており、実在する聖遺物の一つ。見た目がかなりホラーなので画像検索注意。

「手描きで無いイエスの顔(カトリック)」/「カーバ神殿の鍵(イスラム)」が聖遺物として存在。

◆アダナ

Adana、アンティオキア北西の対岸にある拠点で城。特産物に硫黄。

響きが似ているアテネ(Athene)はコリントのすぐ東、関係は無い。

地中海らしい気候で、穀物やブドウ・オリーブの生産が昔から盛ん。

歴史的に遊牧民族が多い。アルメニア人も多く居住する。

いくつかある東西の街道に接する為、中継地点として栄えた。

ここから北は険しいタウロス山脈が連なり、アナトリア半島中央部への進行ルートが限定されるため

防衛の要衝ともなる。

貿易の収入は並程度。

聖遺物「カーバ神殿の錠前」がある。

シナイ半島

アフリカ大陸とアラビア半島の間にある半島。

南端にはモーセが十戒を授かったシナイ山があるらしい。

が、実際のシナイ山はどれなのかは未だ論争の最中である。

ちなみにモーセはエジプトを脱出した後、紅海を割ってこのシナイ半島に逃げた。

その後に十戒を石板と言う形で受け取っている。

ティグリス・ユーフラテス川

ティグリス川はアナトリア半島の付け根に端を発し、モスル・バグダッドを掠め東進する川。

ユーフラテス川も同じくトルコから流れ出て、こちらはティグリス川の南側を並走する。中流域にアレッポやエデッサがある。

両者は河口付近で合流し、ペルシア湾に注ぐ。

下流はメソポタミア文化の発祥地。

旧約聖書では、ユーフラテス川の源にはエデンの園が有るのだとか。m2twでは拠点エレバンがあるが。

◆エルサレム

Jerusalem、キャンペーンクリアの目標拠点になる事が非常に多い都市。

初期は反乱都市である。

カトリック・イスラムにおいて共通の聖地であり、十字軍遠征によってここを巡る戦いが繰り広げられた(ユダヤ教の聖地でもある)。

しかし、エルサレムはその宗教的意義とは別に、交易の為の場としてはそれほど重要ではなかった。

宗教都市としての性格が強く、拠点にして発達させてもさほど収益は伸びない。特産物も無い。

アンティオキア辺りの方が利益になったりする。

カトリック勢力での拠点陥落時にはベロニカのヴェール・ソロモンの印環・イバラの冠・聖なるカリスが入手可能。

しかしイスラム勢力では入手可能な聖遺物が無い。

死海

エルサレム東にある塩湖。

僅かずつのワジ(枯川)からの水の流入により一応水はあるが、絶え間ない水の蒸発により塩分濃度が水に溶ける限界の30%に達している。

この濃密な塩水により、死海の密度が1.2程になるのが人間が浮くメカニズム。

無論、人間が泳ぐ分には濃い塩分濃度は危険には当たらない。しかし魚は住めない。

これが死海の名の元になっている。

旧約聖書では、神々に滅ぼされた都市ソドムとゴモラがこの海底に眠っていると解釈される。

因みによく名を聞く死海文書もこの近辺で20世紀に発見された物。

2000年前のテキストであるという事以外は、誰が作ったのか、そこに書いてある物が何を意味するかは、意見が別れるところである。

アラビア半島

聖地から南東に延び、紅海とペルシャに挟まれる世界で最大規模の半島。

アラビア語では「アル・ジャズィーラ」の名称。

イスラム教の始祖ムハンマドの誕生(6世紀後半)の地。

◆バグダッド

Baghdad。バグダードとも、語尾は濁るのが正しいらしい。

聖遺物「ムハンマドの剣」が眠る土地。

メソポタミア平原のど真ん中に位置する、世界最古の歴史を持つ由緒ある都市。

その名は「神の贈り物」を意味するらしい。

肥沃な農耕地帯と、東西貿易の通過点であったことが繁栄の一つの要因。

中世初期にイスラム帝国の首都として制定されてからの勢いは凄まじく、千夜一夜物語の舞台に選ばれるほど。

多くの店や礼拝所、中心には城、多数の公衆浴場なども栄えたらしい。

唐からの製紙・養蚕技術や羅針盤もここ経由で輸入され、シルクロードとして名を馳せた。

アラビア数字は9世紀頃にバグダッドを介して伝わったもの、9世紀頃の話(西欧に本格的に広まり始めるのは1202年、フィボナッチらの手による)。

1258年、モンゴルの襲撃を受け文化的遺産は壊滅的打撃を受ける。現存する建築はこれ以降の物が多くを占める。

その後はティムールの襲撃を受けるのだが…

バグダッドの最盛期は13盛期までで、それから先は17盛期まで荒涼とした時代が続いた。

特産物に絹・硫黄があり、m2twではへき地では有るがそこそこ貿易は強い。

モンゴル出現ポイントの三つの地域のうちの一つ。狙われたら大人しく史実通り荒廃を覚悟しよう。

バリスタ塔が最低無いと…

◆モスル

Mosul、ティグリス・ユーフラテス川にはさまれる拠点。

特産物として綿がある。

こことバグダッド・ジッダでは火薬登場後に最強の傭兵「象兵」が雇用出来る。

モスリン織で有名、また中世から石油の生産が行われていた珍しい地域で、軍事用に使われていた。

薬効が有るとして体に塗る人も多かったとか…

中世ではバグダッドと同じく、交易拠点として栄える。

アレッポと並んで対十字軍のイスラム側防衛拠点としても役立った。

聖遺物「聖クルアーン(コーラン)」がイスラム勢力使用時限定で入手可能。

ネフド砂漠

MAP南東端に広がる砂漠。

ジッダやバグダッドは、アラビア半島に属する為サハラとは別の砂漠が広がる。

さらに南東には、サハラ以上に踏みいるのが困難なアルハリ砂漠が広がる。

◆アンティオキア

Antioch、オロンテス河畔に位置し、地中海にも程近い北シリアの都市。

元々はアレクサンドロスのディアドコイの一人セレウコス1世が父アンティオコスを記念して建設。

ローマ帝国ではローマやアレクサンドリアに次ぐ帝国第3の都市であった。

またイエスの使徒パウロが異邦人への布教の拠点とし、

キリスト教史上初の教徒コミュニティが形成されたため「神の町」とも称された。

現在ではトルコ領で「アンタキヤ」と呼ばれる。

エルサレムと異なりキャンペーンのクリア目標になることはないが、砂糖や綿などの交易品に恵まれ、

貿易収入でははるかに大きな利益をもたらすので、中東支配の際は是非抑えておきたい。

聖遺物「聖なる槍(カトリック)」/「聖なるマント(イスラム)」がゲット可能。

アフリカ大陸

ナイル川

カイロ・アレクサンドリア付近を流れる世界最高クラスの流域面積・長さを持つ川。

ボルガ川の倍くらいの長さがある、その長さは優に6000kmを越える。

m2twのMAPで見えているのはちょっとだけである。

大体チュニスからアレクサンドリア位までの長さはある。

◆アレクサンドリア

Alexandria、初期はエジプト領土の大きな町。アル・イスカンダリーヤとも。

(イスカンダルとは、ギリシャ語のアレクサンドリアのアラビア語読み。)

綿や砂糖と、高価値な特産物に恵まれ貿易収入も豊か。

アルキメデス活躍の地としても有名。

古代ギリシアから栄えていた都市であり、中世初期の641年アラブ人に支配された後は長らくムスリムの支配地であった。

中世のイスラム科学発達に多大な貢献をした都市の一つ。

東西の文化の交流地であり、多くの人種が入り乱れるコスモポリタンであった。

ムスリム支配の以前はキリスト教にとっても重要な都市であり、イスラム以外の神学が研究された跡が今も残っている。

イタリア諸都市国家からは、この地に多くの商人が押し掛けアラビア特有の高価値特産物(香辛料・宝石・綿etc)を買い求め、大航海時代が始まるまで栄華を極めた。

この地で紀元前から栽培されているマスカットは、中世においても甘味として有名であった(勿論今も)。

「地中海の真珠」とも呼ばれる。

◆カイロ

Cairo、エジプトの首都。アラビア語ではアル・カーヒラ。また通称にミスル(マスル)と言う名がある。

アレクサンドリア同様砂糖と綿が特産物で、アレクサンドリアに負けるが収益は高い。初期から小都市である。

聖遺物「聖櫃」がカトリック勢力では入手可能。

古くからアラブ人の中心的都市であり、ゲームでもエジプトの首都。

アレクサンドリアと共に文化・学術・貿易発展に多大な貢献をした。

カイロ郊外にはギザの三大ピラミッドや大スフィンクスがある。

古代エジプトの支配が衰えた後は、ナイルデルタの小集落であったが7世紀のイスラム支配が始まると急速に発展。

現在のカイロが市として成立したのは10世紀のファーティマ朝の制定による。

「ミスル・アル=カーヒラ(勝利の町)」として名付けられる。

988年にはイスラム最古の大学「アズハル大学」が建つ。

その後、サラディンの支配下に置かれると一層の政治機能の集約が進められる事になる。

オスマン帝国の支配下においては一地方都市となり、かつての栄光は陰りを見せるが…それでも尚中世を通して重要な都市であったことは間違いない。

ナイルデルタ

ナイル川最下流の肥沃な三角地帯。

ズームアップするとカエルの鳴き声が聞こえるのが芸が細かい…

スエズ運河

地中海と紅海を結ぶ運河、m2twに於いてはまだ運河は開通していない。

地中海に建造しようとした船が、紅海のカイロ港に出現してしまいジッダ行の船になることは良くある。

◆ティンブクトゥ

Timbuktu、トンブクツーなどの表記揺れが激しい。

ちょっとした隠しエリアのような場所にある、金と象牙と奴隷が特産物の拠点。

マラケシュからアトラス山脈を越え、さらにサハラ砂漠を南下すると見つかる。

テポ湖から流れ出るニジェール川の中流域にあり、サハラ貿易の中継地点として栄えた。

現在は人口約50,000人程度の村。

実際に金は出ず、その出どころはもっと南のマリ王国からの交易品だったと言われる。

象牙の他、虜囚も同様の理由で交易品。

砂漠の民トゥアレグ族の支配地域であり、初期では反乱都市化しているが、中期にはムーアが占領していたりする。

先んじて改宗しておき、外交交渉でティンブクトゥを買い取ればいちいち軍を送る手間が省ける。

◆アルゲン

Arguin、アルギンやアルグイム(Arguim)とも読むアフリカ大陸の僻地。

ティンブクトゥに負けず高価値な特産物(金・象牙・虜囚)があるが、貿易相手都市がティンブクトゥしか無い為、商人を特産物に配置しないと全く旨味が無い。

逆に、地域の特産物をLVの高い商人で独占できれば例え拠点が未発展でも本土の巨大都市並の収益を叩き出せる。商人スタック
を使えば更に(ry

地名のアルゲンはこの付近の小さな島の名前であり、特にその名は大航海時代に広まった。

始めてヨーロッパ人がこの地にたどり着いたのは1443年の事、ポルトガルの探検家の発見による。

その後は商館が置かれ、アラビアゴムや奴隷の貿易の地として発展した。

◆トリポリ

現在はリビアの首都になっている。

レバントにも同じ名前の都市があるが、関係性は無し。

聖遺物に「真なる十字架の欠片」があるが…

現代でも聖遺物として保管されるこの欠片は、推測される元のイエスが磔にされた十字架と比べても

明らかに多いらしい…

ジェリド湖

チュニス南西にある塩湖。

表層に現れる流入・流出経路が全くない。雨が降ると水がたまるがその内乾燥して塩ばっかりの真っ白な一面になる。

m2twではずっと湖。海賊船が出現したとの噂も…

キレナイカ

トリポリ東の半島部分、600m級のアフダル山地があり、少しだけ交通の妨げになっている。

沿岸部にはベンガジという都市が当時からあるが省略されている。

最初に支配をしたのは古代ローマ帝国。その後はウマイヤ朝エジプトに支配され、最後はオスマン帝国に支配された。

サハラ砂漠

北アフリカの広大な砂漠。

サハラと言う言葉自体が砂漠の意味があるので、サハラ砂漠は名称の二重使用である。

中世では金-塩貿易で栄えた。

ティンブクトゥより南西にはマリ帝国などが広がり、当時の欧州と比べ文化レベルは発達していなかったが、
砂金や金鉱、種々の植物、奴隷などが輸出された。

サハラは20%程度が砂沙漠という、砂以外何も存在しない砂漠であり、他は礫砂漠と呼ばれる砂と岩が混じった状態になる。

端部はステップ気候になり、植物が生育する。

黄砂と同様、サハラからの砂の飛来が東西南北に吹き出し、多大な迷惑と恩恵を周辺諸国にもたらしている。

イタリアに夏吹くシロッコは、サハラからの熱風が地中海の湿気を得たもの。この他にも様々な名称の風がある。

リビア砂漠

経度として、カイロからトリポリの間辺りのサハラ地域を指す砂漠。

流砂と、古代エジプトから作られているリビアングラスが有名。

天然の砂漠に存在するこの透明なガラスは隕石のかけらとも呼ばれる。

16年越しの墜落爆撃機B-26が発見された事でも有名。

◆マラケシュ

Marrakesh、アフリカ大陸最北西に存在する拠点。
ムーアの首都であり、特産物は鉄が二箇所、傭兵が船しかいない。。

この辺りを支配していたベルベルの民の言葉で「神の国(murt 'n akush)」を意味する。

かなり貿易は強いが、周辺拠点との距離的隔たりが凄い。最低2ターンは移動しなければならない為

守備兵が少ない状態で包囲されると詰む。

ここを攻める際には大西洋から軍勢を満載した船で急襲するのは常套手段。

初期においてはティンブクトゥへの長距離遠征の出発拠点、後期においては新世界船出(特に南アメリカ・フォルタレザ行き)の良い出発点になる。

史実では、珍しくカトリック教国の侵略を受けなかったピュア・イスラムな地域…ではあるが、その建築様式をみると決してイスラムイスラムした感じでは無く、妙にイベリア半島の文化の匂いが感じられたりする。

イベリア半島を舞台にカトリックとイスラムが押したり引いたりしているうちに、両者の文化は自然と浸透して行った為であろう。

イギジ砂漠

マラケシュからティンブクトゥに向かう際に横断しなければならない砂漠。

サハラの西部地域であり、サハラ貿易の舞台。

ベドウィン族の支配地域でもあり、塩が産出され、板に切り出されたそれはラクダに乗って南へ向った。

ただ、これはアフリカ大陸内での話であり、欧州とサハラの交易はあまり文献に登場しない。

新世界

南北アメリカ大陸の事。

最初はインドと勘違いされたとか。

アステカ及び土着民族に支配され、自然崇拝天国。

ここにしかない特産物(タバコ・チョコレート)も多く、商人を配置すれば目茶苦茶な利益になる。

金鉱山も多く、一大収益源になるが、後半になってからなのでここを手に入れる頃には既に本土では勝ちゲー状態になっているだろう…

都市の貿易自体は、欧州との交易ルートが開通しない為かなり低い。その為商人必須。

本土で市場系の建物を発展させまくって商人は雇わず工作員上限数だけ増やし、新世界で雇用すると効率が良い。

これはティンブクトゥや聖地周辺でも同様。

首都からの距離がかなり遠く、カトリックやイスラム教も全く広まっていない為、拠点獲得時には注意しよう。

土着の傭兵を雇えるとは言え無尽蔵ではなく、最初からフルスタックの部隊+騎士道or畏怖の高い将軍を連れて行き治安対策を万全にしよう。

新世界での真の敵は治安対策と言っても過言ではない。

◆ミコスキー

Miccosukee、現在はアメリカのフロリダ州がある。

ミコスキー族の居住地であり、反乱拠点扱い。

MAPの最も北西に位置する拠点であり、まさに僻地と呼ぶに相応しい…

とは言え、現在のフロリダが保養地として有名であるように、非常に温暖で過ごしやすい気候。

特産物として高価値のタバコがあるが、それ以外は奮わない。

石炭もあるが…富を求めて新世界にやってきた時には良く片手間で征服される拠点である。

アステカ帝国に攻め入る前の準備拠点として制圧するのも良いだろう。

その場合でも、カリブに役を取られがちだが。

◆カリブ

Caribbe、またはCaribbean Isles。

カリブ海に浮かぶ島々を現代では西インド諸島と呼ぶ。そのうちでも「大アンティル諸島」の「キューバ島」がm2twの「カリブ」となっている。

実際は東の方にもっといっぱい島があるのだが略されている、別に近世になって島が浮上してきたわけではない。

カリブの名の由来はこの島に住んでいた農耕漁労採集民族から。

特産物は何もない。

ヨーロッパ人がやってくる前は、特にアステカのような帝国に組み入れられた地域では無く、所謂酋長を長とした未開人の集落程度の文化しか持たなかった。

オセアニアの島々の様な暮らしで、ヤムイモやマメ、タバコの栽培や漁業などを細々とやっていたが、1492年コロンブスが足を踏み入れる。

持ち込まれた疫病により大打撃を受け、土着の人々はほぼ消滅する。

その後は外部から人口が流入し、砂糖のプランテーションが行われた。

400年に及ぶスペイン支配ののちやがて、この島は入植者の国「キューバ共和国」として1902年、独立する事になる。

◆トラスカラ

Tlaxcala、新大陸の入り口。

トラスカラ王国の存在するエリアであったが、グランドキャンペーンでは既にアステカに組み入れられている。

と言うか、アメリカキャンペーンの地図と比較しても何か位置がおかしい様な…ここはマヤ王国があったはずでは?

とにかくトラスカラ。

タバコに金に、高価値な特産物が盛り沢山。

ただし地形のほとんどが森で潜伏可能なので奇襲に気をつけよう。

聖職者の壁を作って進もう。

◆チョルラ

Cholula、順番としては2番目に辿り着くアステカ領土。

地形にカーソルを合わせると「テスココ(Texcoco)」地方とポップアップする。

ご多分に漏れず高価値な特産物と、密林が広がる。

相変わらず位置がおかしい、マヤ帝国はアステカが侵略済み…?

アステカ帝国は、流浪のアステカの民がアスカポツァルカと言う国に仕えたのを始めとし、やがてその周辺のトラコパン国・テスココ国を巻き込んで下克上し作った国。

1428年が帝国の成立とされる。

◆テノチティトラン

Tenochtitlan、アステカ帝国の首都。

やっぱり位置がおかしい。

15世紀のアステカ帝国の成立・発展と共に急速に成長した都市。

渡来した探検者たちの目には、この世のあらゆる都市より素晴らしい、と評されるほどの超大規模の
都市であり、同時期のコンスタンティノープルやローマなどを軽く上回る賑わいであったと言う。

テスココ湖と言う湖の西岸に位置する水上都市であり、湖に浮かぶ超巨大な岩をベースとして作られている。

因みにこの湖の東岸にはテスココ国の主要都市チョルラが有ったらしい。

後にエルナン・コルテスにより滅亡させられ、メキシコシティーに生まれ変わる。

現メキシコ合衆国の首都である。

何故か、メソアメリカはチョルラ・テノチティトランエリアの海岸が崖になっており、北側のトラスカラエリアからしか接岸・上陸できない。

また海上からでは見通しも効かず、索敵も出来ない。

イベント発生の関係上なのだろうが…因みにゲームスタート時(1080年)からアステカは勢力として存在し、発展も戦乱も無いままずっと新世界に探検者が来るのを待ち続けています。

◆フォルタレザ

Fortaleza、地方名ポップアップはブラジル。

中央アメリカに行こうとして南寄りに進路を間違えると此方についてしまう。

金やタバコなど一通りの高価値な特産物は用意されており、拠点も少数の反乱兵士(土着民族)が居るだけなので、先にここを攻略するのも良いだろう。

しかし、貿易相手拠点が全くない為、収入は商人の他は税・農業収入のみ(全世界でもここだけのケース)。

リスボンやグラナダ・コルドバ、マラケシュから出港の準備が整っていれば、距離的にはこちらの方が近いし制圧も簡単。

利益に結びつけるまでにかかるターン数を数ターン短縮できる。

ただし、この地域には侵入不可能地域に特産物が配置されているため独占スキルを磨けない。

つまり配置した商人はいつまでたっても商才が上がらないと言う罠。

史実ではここに始めてヨーロッパの探検家が訪れたのは16世紀初頭と言うかなり遅い時期。

その後はポルトガルの植民地として奴隷が綿花の栽培・収穫に従事した。

奴隷解放が起こり、現在のブラジル共和国の一部となるのは20世紀の事である。

MAPを東に流れる川はサンフランシスコ川、12〜13世紀に聖人として活躍したアッシジのフランチェスコの名に由来する。


添付ファイル: filemap town and fort.png 1128件 [詳細] filemap c or t(2).png 145件 [詳細] filemap border and product mini.jpg 138件 [詳細] filemap border and product.png 905件 [詳細] fileGeography.png 130件 [詳細] filemap.png 742件 [詳細] filemap c or t.png 187件 [詳細] filemap icon.png 241件 [詳細] filemap plane.png 424件 [詳細]

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2018-01-26 (金) 23:23:48 (686d)